Chapter.2





 とん、と軽やかな音を立てて着地すると、途端に爽やかな森林の香りが鼻先を掠めた。見渡すと、辺りは目に優しい緑一面が広がっている。地面には先ほどオブリビオンの門に入る前に倒したクランフィアが転がっていた。
 シロディールに戻ってきたのだ。
「本日も無事帰還っと」
 ふう、と安堵のため息をついて、利き手に握っていたものに視線を落とす。シジルストーン。手に持っているだけでびりびりと伝わってくるとんでもない量の魔力マジカを保有する魔石は、相変わらず地鳴りのような禍々しい音を立てている。規格外すぎて市場には売れる代物ではないが、この魔石を武器や防具に付与エンチャントすれば凄まじい能力を持つ魔武具を作れるのだ。
 それにしても、毎度のことながら魔石を掴む際に手に負う火傷はなんとかならないものか。燃え盛る炎に手を突っ込むのだから仕方ないとはいえ、結構痛い。シジルストーンにくっついた皮膚をベリっと剥がすように持ち直すと、血が滲みでてうへえと顔を顰める。早く治癒魔法をかけねば。
「手を見せてみろ」
 急に横合いから負傷した手首を取られてギョッとする。振り返ればそこに真っ白な印象の男がいた。デイゴンの支配領域であるデッドランドで出会ったタシャという騎士だ。無事、一緒に脱出できたようでホッとした。が、脱出間際のナマエの暴挙に不満顔を浮かべている。
「ひどい火傷だ……。いつもこんな無茶を?」
「勘弁してよ、説教? この程度の火傷ならすぐ治るって。ほら」
 中位の治癒魔法を唱え、すぐさま元通りとなった手のひらを見せつける。それでもお小言を言いたそうな顔のタシャに口をはさむ暇を与えず、それと、と続けた。
「あと無茶はしていない。私はむしろ慎重な方だ。今回はあんたが一緒だったから、いつも通りのやり方では押し通せなかっただけだ」
「それは……すまない」
 ナマエの言葉に、タシャが見るからに落ち込んだ様子を見せた。騎士という職業は総じて高慢な奴が多いが、彼は案外素直な性格らしい。良いことだと思う。
 でも、少し言葉が強かっただろうか? 慰めるつもりはなかったが、ナマエはちょっと考えて、ぽんとタシャの腕を叩いて笑いかけた。
「別に責めてない。二人とも無事シロディールに戻ってこれたんだからいいじゃない。じゃあ私は用事があるからここで」
 ちょっと忘れかけていたが、ここまで坂道を登ってきたのは、遺跡の調査隊あての物品を届けるためだ。口笛を吹いてどこかで休憩している愛馬を呼び出す。
「待て!」
 ひょっこりと木陰から顔を出した愛馬のもとに向かおうとした時、鋭い声がナマエを呼び止めた。
 思わず足を止め、振り返る。相変わらず顔を顰めたタシャの表情を見るに、まだ何か用事があるらしい。
「……何か言い足りなかった?」
 説教じゃないといいけど、と内心浮かんだ思考が伝わったのか、警戒するナマエにタシャは少し表情を緩めて首を振った。
「いや、説教ではない。……のだが、迷惑をかけて申し訳ない。ここがどこだかわからないのだ」
 え? と思わず目を瞠る。どうやら顔を顰めていたのは不機嫌だったせいではなく、困惑していたからだったようだ。
 まさかの迷子なのだろうか。こんな立派な成りで? ……ああ、だから聞くのが憚られたのか。
 なるほどと思ったが、ナマエは大人なので(とはいっても世間的にはまだまだ成人したばかりのひよっこだ)その事には触れず、地図を引っ張り出してタシャに見えるように広げながら説明した。
「ええと……今いるのはこのあたり。で、この道を下って分岐で右に行けばスキングラードに着くよ。馬なら一刻、歩きなら夕方くらいには着くと思う。上に登ればアイレイド遺跡がある。もしくはこの森を北にずっと行けばコロールがあるけど、スプリガンがうろついてるからちょっと危険だと思う。コロールに行きたかったら黄金街道ゴールドロードまで出る方がいい。あ、ちなみにどこに行きたかったの?」
 問いかけながらタシャの方を窺う。彼はしばしじっと地図に目を落とし口をつぐんでいたが、やがて弱り切ったような様子で瞼を伏せた。
「……いや、そういう意味ではないのだ。場所も確かにわからないのだが、それ以前に行く当てがない」
「え、でもあんた騎士だよね? どこかの騎士団に所属してるんじゃないの」
 行く当てがない? タシャの言っていることが理解できなくて、眉を思い切り顰める。
 タシャは地図から顔を上げナマエの顔をじっと見つめた後、覚悟を決めたように口を開いた。
「……ラピス帝国、という名の国を知っているか? 私はそこの出身で、ラピス帝国騎士団の一員だ」
「ラピス帝国……? そんな名前の国あったっけ? タムリエル大陸……じゃあなさそうだね。まさか外の大陸から来たの?」
 とはいえ、タムリエル大陸の外で交流があるのはサマーセット島くらいで、あとは人が住んでいることすら確認できない大陸がほとんどだ。そんなところから? どうやって?
 唯一考えられるのは、先ほど閉じたオブリビオンの門が、タシャの国とここシロディールを内部で繋げていた、ということくらいか。

「やはりな……」
「やはり、ってなにが?」
 ナマエが頭を悩ませているそばで、タシャは腕を組んで一人納得した様子を見せている。なにか分からないが、どうやら彼の中で結論に達したらしい。
ナマエ。一応訊くが、ルリ島という名に聞き覚えはないか?」
「知らない」
「ではこれは? トリスタ将軍、エルザ、カナン様、クォーク……」
 タシャがそこで一旦口を閉ざし、ナマエの反応を窺う。肩をすくめる彼女の仕草を見て、再び続けた。
「セイレン、マナミア、ユーリス、ジャッカル」
「全然聞き覚えない」
 何かの物語の登場人物だろうか? 今まで読んできた本の内容を思い出しても、しかし思い当たるものはなく。
 首をかしげるナマエの様子に、うむ、とタシャが確信を強めたようだ。
「おそらくだが、私は別の世界から先ほどのオブリビオンの門とやらに飛ばされたようだ」
 別の、世界?
 その言葉を飲み込むのに、ゆうに三拍はかかった。
「――はっ? ……別の世界って、異世界人?」
 こくりとタシャが頷く。何を馬鹿な冗談を、と言いかけて、やめる。彼の表情は真剣そのものだ。
 異世界人。ニルンの外から来た人間。目の前の男を頭の先からつま先までまじまじと眺めても同じ人間のように見えるが、違いはあるのだろうか。
 でも、言われてみればなんとなくじわじわと納得できた。デッドランドでしばしばタシャは常識に欠けたところがあると思っていたが、そのせいなのだろうか。出会った時から言葉の端々に感じていた違和感の正体は、どうやらそれが原因だったらしい。
「あー……マジ?」
 マジだ、とタシャは真顔で頷いた。
「先ほどからお前の言っている単語の半分も理解できない。私の知る知識とも常識ともかなり異なっているようだ」
 そりゃそうだ。なんたって異世界だ。
 厳密にいえばデイドラ王の支配領域も異世界だ。デイドラ王の領域は気軽には行けない危険区域だが、デイドラ王からの誘いがあれば行けなくもない。不死であるデイドラ王は暇なのか、ニルンの人間にちょっかいをかけてくることが度々ある。
 だがタシャがやってきたという世界は、そもそもニルンの人々にすら認知されていない世界のことを指しているのだろう。もしかして、このムンダス星系に浮かぶ別の星からやってきたのかもしれない。
 シロディールと似たような文明社会で、おそらく装備品の装飾の凝り具合からして、タシャの世界の方が少し技術は発達している。魔法はシロディールの方が長けているようだが、ほかの文化はどうなのだろう。食べ物や飲み物は? 嗜好以前に、ニルンのものはタシャにとって安全なのだろうか。
 シロディール中を駆け回っているナマエでも、さすがにこんな正真正銘の異世界人は初めてだ。
 もちろん言語も異なってはいるが、そこは翻訳魔法が効いてくれてよかったと心底思った。
 だが、突然現れたこの異世界人をどうしたらいいのだろう。さすがにここで、『じゃあ元気でな』と手を振って別れるわけにはいかない。それは見捨てるのと同様の行為だ。
 なんだか面倒なことになったな……。困っている人を助けるのはやぶさかではないが、手を貸しても当然謝礼は期待できそうにない。
 タシャが帰る方法を探すのも骨が折れそうだ。そもそも彼はどうやってオブリビオンの門にたどり着いたのだろう。
 顎に指をあて一人唸っていたナマエは、なにかヒントを得られないかとタシャの方を向いた。
「どうやってあそこデッドランドに飛ばされたか覚えてる?」
「ああ……。突然地面に亀裂が走って、二本の柱が地中から伸びてきたのだ。柱の向こうには異界が広がっていて、ナマエ……いや、――ある人がそこに飛び込んでいったのを、追いかけたのだ」
「二本の柱……。それってオブリビオンの門と同じだった?」
「ああ、同じ構造だった」
「……その人ってそんなに私に似ていたの? 名前も同じ?」
「あ、ああ。そうだ」
「ふうん……不思議なこともあるんだね。でもなんで、オブリビオンの門がニルン以外の世界に開いたんだろう……」
 異世界にいる二人目の私、とか? まさか……。
 タシャが嘘をついているとは思わないが、その不可思議な事実はひとまずそっとしておくことにした。
 そしてやはり予想通り、オブリビオンの門がこことタシャの世界を繋げたらしい。しかしなぜ繋がったのか、その理由まではわからない。それこそデッドランドの主であるデイドラ王……破壊神メエルーンズ・デイゴンにでも訊かない限り。
 つまりタシャが帰る方法として一番有効なのは片っ端からオブリビオンの門をくぐること、になるのだろうか。もしかしたら彼の世界につながっている領域がどこかにあるかもしれない。もしくは先に魔術師ギルドのギルド長に相談した方がいいか。
 考え込むナマエの横で、タシャは浮かない顔で佇んでいた。あまり幸先が良くないと察したらしい。
 しかし諦めるのは時期尚早だ。ナマエはタシャを元気づけるように彼の腕をぽんと叩いて、努めて明るく笑いかけた。
「じゃあ、とりあえず帰る方法を探さないとな」
「……ああ」
「落ち込むなよ。来た道があるんだったら帰る道もどこかにあるってことだから」
「そう、だな」
 タシャは己の腕に添えられたナマエの手に目線を落とし、束の間ためらいを見せた後、彼女の手を覆うようにそっと手を添えてぎこちなく微笑んだ。
 早くもホームシックなのだろうか。……でも無理もないよな、だってニルンでただ一人の異世界人だ。
 寂しそうな男の笑みに、ナマエは内心同情した。できる限り彼に協力しよう。

 
「よし、まず帝都に行こう! 歩きだと帝都はここから五日くらいの距離だ。ほら、こっち来て。あれ見えるだろ、白金の塔。あそこが帝都」
 暗い空気を払拭するように努めて明るい声で宣言し、ナマエはタシャを森が少し開けたところに誘った。眼下に遠く見えるのはルマーレ湖のキラキラした水面と、天にも届かんばかりに聳え立つ白く細長い塔。シロディールの帝都は、ルマーレ湖の中心に浮かぶ島から構成されている。
「ああ。遠いな」
「白金の塔はシロディール中のどこにいても見える、って喧伝だけど、実際のところレヤウィンあたりの盆地からはよく見えなかった」
 レヤウィンとはシロディールの南東の地域にある、トパル湾から海を臨める都市だ。東にブラックウッド、西にエルスウェアに接している。
「このまま帝都に向かうのか?」
「いや、帝都に行く前にまずはコロールに寄ろう。ギルドであんた用の治癒魔法のスクロール買わなきゃ。あと翻訳魔法も必要だな」
 言って、ナマエは現在地から少し北にある都市を地図上でトンと叩いた。帝都は物価が高く、魔術師ギルドの本山であるアルケイン大学には初心者用のスクロールは置いてなかったはず。帝都の市街の店にはあるだろうが、コロールの魔術師ギルド支部の方が数は豊富だ。
「それは、……高いのか? 私はこちらの通貨を持っていない」
「私が出すよ。高等者向けのはさすがに高いけど、初心者向けならそうでもない。こう見えても稼いでいるのでご心配なく」
 遠慮を見せるタシャにナマエは安心させるように笑いかけ、財布がしまってある腰のポーチを叩いた。
 助かる、と彼が笑いかけ、しかしすぐに表情が陰る。どうやらまだ心配事があるようだ。
「……帝都までは同行してくれるのか?」
「さすがに言い出しっぺだからな。一緒に行くよ」
 なるほど途中で放り出されないか心配していたようだ。ナマエは苦笑しながら肩を竦めた。
 基本的に一人で行動することが多かったが、タシャなら状況を見て行動できていたし、大丈夫だろう。これまでギルドで依頼を受けて行動を共にした冒険者達は好き勝手に突出し、あげく手柄を横取りしたり勝手に罠にかかって死んだりすることが多かったので、そのせいで集団行動が苦手になっていたのだ。だけどこの人なら、多分。
 ナマエの答えに、タシャはようやく心から安堵したように笑った。神の御使いのような厳粛そうな男の雰囲気が和らぎ、思わずドキリとする。
 ――わお、美形の微笑み、破壊力凄まじいな……。
「とても心強い。改めてよろしく頼む、ナマエ
「ん」
 握手のために差し出された手を、ナマエは言葉少なく頷いて握り返した。「よろしく」と返せなかったのは、少し照れていたせいだ。
 なんだかこそばゆい。純粋な人助けは久しぶりだ。
 タシャはそんなナマエの照れを見抜いてか、くすりと小さく笑った。
 思わずむっとしたが、言い返さず愛馬のもとへと向かう。


 愛馬の状態をチェックし手綱を握ると、周囲を鑑賞するように見回していたタシャに振り返った。
「コロールに向かう前に、ひとつ寄っていきたいところがあるんだ。この近くだから、すぐに済む」
「構わない。先ほど言っていた用事とやらか」
「そう。荷物の配達を依頼されたの。前払いで報酬ももらっているから、ちゃんと届けないと」
 向かう先は、最近発掘された古代エルフのアイレイド遺跡だ。倒壊したアイレイドの像や支柱があるだけの遺構かと思ったら、地中に地下遺跡への入口が埋まっていたのを冒険者が見つけ、魔術師ギルドに報告が上がったらしい。
 タシャに馬はないから、目的地までは徒歩で向かった。山道を登ること四半刻、先方にキャンプをしている集団が見えた。
 野盗の集団ではないだろうが念のため警戒しながら近づくと、焚火に集まっていたうちの二人が振り向いて、ナマエを認めてぱっと笑顔になる。
「やあ、誰かと思ったら君か」
「メレンディル、ギムーシャ、久しぶり」
 揃いの魔術師のローブを着た二人はアルケイン大学の研究者だ。帝都で何度か顔を合わせている。ひょろりと背の高い肌の青白い方がハイエルフアルトマーのメレンディル、血色の瞳とエメラルドグリーンの鱗がチャームポイントなアルゴニアンがギムーシャ。
 知り合いで良かった、と思いながら、ナマエは片手を挙げ挨拶を交わした。

 無事に荷物を渡してお使いを終わらせると、ふとタシャが少し離れたところで立ち尽くしていることに気づいて慌てて駆け寄った。
「なんでそんなところに突っ立ってるの?」
「……あの人間、耳がとがっているが」
 タシャはまるで珍しいものでも眺めるようにメレンディルの方をじっと見つめながら、ポツリと呟いた。
「そうだね。エルフだし」
「エルフ!? 御伽話に出てくるあのエルフのことか?」
 長い三つ編みの髪を振り乱し、ぎょっとしたように振り返ったタシャに内心納得する。どうやら彼の世界にはエルフはいないようだ。ちょっと羨ましい。
「御伽話だったら良かったんだけどなぁ。あいにくエルフは世界中にわんさかいる。ハイエルフアルトマーウッドエルフボズマーダークエルフダンマーオークオーシマー
 他にも世界各地に様々なエルフがいるらしい。長命であるエルフは何かと高慢で短命種に対して差別的な奴が多く、誰にも言ったことはないがナマエは特にアルトマーが苦手だった。
 ……ナマエ自身もアルトマーの血が僅かに流れているため、同じ穴の狢なのだが。
 固まっているタシャがちょっとおかしくて、むくむくと悪戯心が湧いてきてナマエはにやりと笑った。
「ちなみに私もエルフのクォーター」
「は!?」
 思った通り、大袈裟な反応に吹き出してしまう。
「ほら、少しだけ耳が尖ってるだろ」
 下ろしていた横髪を耳にかけ、エルフの遺伝が残るその形を見せつける。
「……つまり長命なのか?」
「クォーターだから大して変わらないよ」
 インペリアルと比べてもせいぜい五十年くらい長生きなだけだ。
 なのに、そんなに動揺することか? タムリエルには様々な人種が住んでいて、寿命も習慣も人種の数だけ異なる。ナマエにはタシャの動揺の理由がよく理解できなかった。
 そうか、と硬い声で頷いた彼が次に指差したのはギムーシャだ。
「それに、……隣の、トカゲ人間、は?」
 慌てたのはナマエだ。彼女は「しっ」と声を潜めてタシャの発言を咎め、今の差別的発言が本人に聞かれてなかったか後ろを振り向いた。幸いにも距離があるから大丈夫そうだ。胸を撫で下ろして、問題発言をした男に向き直る。
「その発言は本人の前では御法度だぞ。彼女はアルゴニアンっていう人種だよ。頭がよくて基礎マジカが高いから魔術師になるアルゴニアンは多い」
「す、すまない。肝に銘じる」
 青ざめるタシャに、ナマエは「気をつけてくれればいいよ」と首を振った。おそらく無知故の発言だ。彼に非はない。だが気をつけないと知らぬ間に方々から怒りを買ってしまう恐れがある。
「タシャの世界にはあんまりいろんな人種がいないの?」
「そうだな……グルグ族という獣人がいる。それとリザードマンも、亜人種……に近いのか? 爬虫類科の二足歩行の生き物だが、アルゴニアン……のあの女性? と違い知能は低く、簡単な意思疎通くらいしかできないな」
 あとは分からん、とため息をつくタシャを眺めつつ、これは早いところシロディールの基礎知識を叩き込んだ方が良さそうだなと心に決めた。幸いにも飲み込みは早そうだ。

 さて、用事は済んだ。ここからは暗くなるまでコロールを目指してひたすら北上するだけだ。多分途中でキャンプになるだろう。
 タシャを促して森の中を歩きだす。
 途中で錬金に使えるキノコを採取しながら、木漏れ日が落ちる獣道を、木々の葉擦れの音に鳥や小動物の鳴き声を聞きながら進んでいく。
 しばらく歩いていると、時たま彼が足を止め、感慨深げにため息をつきながら周囲を鑑賞していることに気づいた。何か珍しいものでもあっただろうか。
「どうしたの? ぼうっとして」
 タシャはナマエの声掛けに我に返り、「すまない」と断って止めていた歩を進め、彼女と並んだ。
「緑が豊かだと思ってな。美しい国だな」
「そう? 別に普通だと思うけど」
 つられてきょろきょろと周囲を眺めていると、タシャが苦笑いを浮かべた。
「これが普通なのは羨ましい限りだ。私の国は大地が荒廃している。ここまで生態が豊富な森を見るのは久しぶりだ」
「そうなのか。荒廃は戦争のせい?」
「戦争のせいでもあるが、何百年も昔、『異邦のもの』と呼ばれる星の種を、とある一族が宇宙から喚び寄せたせいだ。異邦のものは本来新たに誕生する星の核となるもので、宇宙から力を吸収し、やがて星へと成長するものだ。しかし、それが既に存在する星に取り込まれるということは、つまり」
「あー……星の力を奪って成長する? で、星が枯れちゃった?」
 うむ、とタシャが深く頷く。
「そのとおりだ。異邦のものを喚んだ一族は巨大な星の力を手にし、古代の戦争を終わらせた。だがその後も異邦のものは星の内部に留まり続け、星の力を吸い上げ続けていた。それが大地の荒廃の理由だ」
「うーん結構壮大なスケールの話だな……」
「幸いにも異邦のものは宇宙へと還すことができた。が、そのタイミングでオブリビオンの門とやらが現れて、気が付けばここに、ということだ」
 つまりタシャがここにいる原因は、異邦のものが関係しているのか? 星を生み出す力を持つ種、と聞けば、ムンダス星系の創成にかかわったアカトシュやロルカーンなどの強大な力を持つ神の存在がちらつく。
 が、そうなると、いちギルド長ごときに相談しても解決できない問題かもしれない。……名誉のために言っておくが、現魔術師ギルドのトップであるハンニバル・トレイヴンは極めて優秀かつ謙虚な最高峰のアークメイジだ。
 となると、やっぱり手っ取り早いのは神頼みか……。
 シロディールでは人と神との距離は結構近い。特にデイドラ王は取引内容と気分次第でちょっとしたお願いなら叶えてくれることもある。デイドラ王は基本シロディールの人々からは悪しき神や邪神扱いをされているが、デイドラ王と一口で言ってもその性格は様々だ。中には意外と親身になってくれる神もいる。


 どれだけ歩いただろうか、ふいに愛馬が足元の草に気を取られて立ち止まった。お腹が空いたのだろう。
 そういえば、自分も昼を食べてない。ちょっと休憩にしよう、とタシャに呼びかけ、近くの倒木に腰を降ろした。
 ポーチから水の入った瓶とライ麦パン、トマトとチーズを取り出す。乾いたライ麦パンにトマトの果汁を擦り付け、スライスしたチーズを載せ、軽く魔法で炙って瓶と一緒にタシャに差し出した。ちなみにポーチは内部拡張の魔法がかかっているから、他にも色々な荷物がみっちり詰まっている。魔法様々だ。
「食べられそうならどうぞ」
「ありがたい。美味しそうだ」
 どうやら見覚えのある食材らしい。タシャの世界とここシロディールの共通点は結構あるようだ。いずれにしても食べられるものがあって良かった。
「ワイン……葡萄のお酒もあるけど、飲む?」
 はは、とタシャが軽く声をあげて笑った。
「いいや、今は遠慮しておく」
 なるほどつまり飲む時もある、ということだ。
 簡単な食事はすぐに終わり、あとは愛馬の空腹が満たされるのを待った。
「何か聞きたいこととか質問とかあれば遠慮なく聞いて。幸いにも時間はたっぷりある」
「ありすぎてどこから聞けばよいのやら……」
「だよなぁ」
 途方に暮れるタシャに同調して、ナマエは空を仰いだ。もし自分が彼の立場でもそう答えるだろう。なにもかも未知の世界。衣食住が確約されていない世界というのは、不安で仕方ないだろう。
「そうだ。先ほどのオブリビオンの門の中の世界はなんだったのだ? このシロディールとは別世界なのだろうか」
 いきなり説明が面倒な質問が来たな、と思いつつ、悩みながら言葉を捻り出す。
「あれは、デイドラ王……うーんと、破壊を司る悪い神様が支配する領域なんだ。研究者たちからはデッドランドって呼ばれてる。その破壊神――メエルーンズ・デイゴンは昔から何度もシロディールに侵攻を試みていて、その拠点となる門をあちこちに次々作り出してるんだ。本来ならセプティム家の血を引く皇帝が生きて皇位に着いている間は、神から授かった加護の力であるドラゴンファイアっていう強力なバリアが張られていて、デイドラの侵攻から守ってくれてたんだけど、半年前に当の皇帝はその破壊神を信仰するカルト集団に暗殺されたんだ。だから今はデイドラの侵攻からも無防備な状態になっているんだよね」
 雑な説明だが理解できただろうか? とタシャの方を窺うと、顎に手を触れつつなにやら深刻に考え込んでいる。
「なるほど、それでお前は各地に乱立するオブリビオンの門を閉じて回っているというわけか」
「仕事であちこちシロディール中を回るから、ついでにね」
「だが、このままではいたちごっこではないか? そのドラゴンファイアとやらの加護を再び得るためには、暗殺された皇帝の血筋を受け継ぐものが新たに即位しなければならないのだろう? 半年前に皇帝が暗殺されて現在もなお侵略が続いているということは、その座は今も空位ということで合っているか?」
「うん、そういうこと」
「つまり、後継者がいない……?」
 なかなか理解が早い。確かにユリエル皇帝暗殺事件の際、彼の血を引く三人の皇子たちも全員暗殺されたため、世間的にはセプティム家の血は途絶えたことになる。だからこのまま他の有効打を見つけられなければ、いずれ侵略は激化するだろう。タシャの懸念は最もだった。
 だが予見の力を持つ皇帝は、何十年も前に自身の暗殺を見越し、一人の息子を庶子として市井に隠した。
「そこは心配しなくても大丈夫。実は皇帝にはマーティンって隠し子がいて、彼が無事戴冠すればまたドラゴンファイアが灯って万事解決ってわけ」
「それは良い知らせだな。ではもうすぐ戴冠を?」
「いや……、ドラゴンファイアを灯すのに必要なアミュレットをカルト集団に奪われちゃったから、そっちを取り戻すのが先だろうな。今頃、皇帝直属の親衛隊がアミュレットの捜索とカルト集団の撲滅に向けて頑張ってるんじゃないかな。知らんけど」
 他人事のように言って肩を竦める。
 皇帝の死の間際に王者のアミュレットと彼の隠し子のことを託されたナマエは大変な目に遭いながらも、なんとかクヴァッチでマーティンを保護し、その後も彼を守りつつ皇帝直属の親衛隊であるブレイズの秘密拠点まで護衛の任務を完遂した。だが途中で関わったジョフリーとかいう修道僧――後にブレイズの総隊長だと判明するのだが――が、すごく偉そうな態度で接してきたと思えば、奪うようにして取り上げていった大事な王者のアミュレットはジョフリーの不注意でカルト集団に奪われるし、挙句の果てに秘密拠点までマーティンを連れて行った後も何かと用事を言いつけてきてこちらをタダでこき使おうという気が満々だったので、流石に堪忍袋の緒が切れて捨て台詞とともにその場を去ったのだ。
 それ以来、一度も顔を出していない。皇帝本人から助力を乞われたので手助けできるところまでは手を貸したので、後は知らん、という心境だ。まあ、マーティンはいい奴だったから元気にしているか気になるけど……。
 と、ハッと我に返って慌ててタシャを振り返った。あれこれ喋ってしまったが、皇帝に隠し子がいることは極秘事項だったのだ。このことがどこからか漏れて秘密拠点がカルト集団にバレたらまずいことになる。
「どうした?」
「うっかり喋りすぎちゃった……。今の情報ほんとは極秘だから、誰にも言わないでね」
 誰かに聞き耳を立てられていないかと周囲をきょろきょろ見回しながらタシャに耳打ちすると、彼はおかしなことを聞いたかのように吹きだして破顔した。
「ああ、分かっている。そもそもこの世界では、お前しか知り合いがいない」
 そうだった……。指摘にナマエは赤面しながら乾いた笑みを浮かべた。
 なぜだろう。タシャには余計なことやくだらないことまで何でも話してしまいそうになる。
 一見近寄りがたく見えるのに、話してみると意外と気さくな人柄だからだろうか。
 

 休憩は終わり、再び北を目指した。
 コロールに近くなるにつれ、どんどん緑が濃くなっていく。グレートフォレストの鬱蒼とした大森林との境が近いせいだ。
 今のところ出くわしたのはスプリガン一体のみで、トロールやゴブリンなどの他の森のやっかいな住人には出くわしていない。いつになく平和な山歩きだ。
 けれど、やはり歩きだと中々遠く感じる。タシャの分の馬もコロールで見繕う必要があるだろうか。……馬はさすがに痛い出費だ。

 やがて陽が落ち、黄昏の光が樹々を洗い流したあと、夕闇を引き連れてくる。
 もうすぐあたり一面闇夜に沈む。
 森の中なので、太陽が沈めば暗くなるまであっという間だ。ナマエは立ち止まって頭上を眺め、次に周囲を見回した。でこぼことした岩だらけの地面がしばらく続いていて、テントを張るのに適した場所は見つからない。
「そろそろ暗くなってきたな……。もうちょっと進んで、どこか広いところがあったらそこでテントを張るか」
 そうだな、とタシャが同意した。

 やや急な斜面を登りきったところで、馬を引いて先を行っていたタシャが何かを発見したのか声を上げた。
ナマエ、あそこで誰かキャンプをしているようだ。混ぜてもらうのはどうだろうか」
「え? どこ?」
 こんな森の中でキャンプ? こんなところで人目を憚るようにしてキャンプする奴なんて、ろくなもんじゃない。なんだか怪しいな、と思いつつ目を凝らすと、確かに前方に焚き火の明かりが見えた。どうやら水辺があるらしい。
 だが焚き火の周囲にたむろする男たちを一目見て、その正体に気づいた。一見すると草臥れた風体の木こりか冒険者のようだが、無法者特有の物騒な空気を纏っている。
「――待って、あれは多分野盗かなにかの集団だ」
 パキ。一歩踏み出したタシャの足元で、小枝が折れる音がいやに大きく響く。
 焚き火の周囲でしゃがんでいた人影がゆらりと立ち上がった。こちらを振り向く。一瞬迷う素振りを見せたが、武器を構えてこちらに向かってきた。人影は四人。
「すまない、気づかれたか」
「気にしないで。来るよ!」
 盗賊に襲われるのも仕方ない、タシャのような身分が高くて金持ちそうな騎士が隣にいるのだ。どのみち、いつかどこかで襲われるとは思っていた。
 愛馬を遠くへ逃がし、各々武器を構えて迎撃した。

 
「――武器を捨てろ! 降伏すれば命まで取らん!」
「はっ、降伏ぅ!? 笑わせるぜご立派な騎士様がよぉ! 舐めたこと言いやがって、ぶっ殺してやる!!」
「仕方ない……。では来い! 相手をしてやる!」
 さすがのタシャも対人戦は慣れたものだった。ナマエがちょろちょろ逃げ回りながら一人を撃破する間、素早く二人の野盗を制圧した。大真面目にも野盗に降伏をするよう説得していたようだが、結局無駄なあがきに終わったようだ。
 そもそもシロディールで街道で人を襲って暮らしてる輩には、説得に聞く耳を持つような奴はいない。ほとんどが凶悪犯として手配されているような奴ばかりで、衛兵に見つかれば即死刑になるから街にも寄り付けない。失うものはなにもないから、武器を失っても瀕死になっても、しぶとく最後まで足掻くのだ。
「ま、待て……! 分かったもう降参する! 殺さないでくれ!」
 ちょうど今ナマエの目の前で、射られた肩を押さえたままうずくまり、命乞いする一人の男のように。
 最後の一人となった野盗は分が悪いと察したのか、その場で全身を守るように屈んで身を丸めた。怯えているような演技は真に迫ってはいる。が、しかし騙されてはいけない、その手に剣は握りしめられたままだ。
 ……戯言を。どうせこいつも、背を向けた瞬間に斬りかかってくるに違いない。
 構わず矢を構える。

「やめろ! その男は命乞いをしている!」
 矢を放とうとした瞬間、しかし急いたように静止の声がかかり、矢を番える腕を引っ張られてしまった。
 ビィン、と間抜けな音を立て、矢があらぬ方向に飛んでいく。矢の軌跡を呆気に取られつつ眺めた後、ナマエは邪魔をした男を振り返った。
 抗議の意味を込めて、腕を組みながらじとりと睨みつける。
「タシャ……それマジで言ってる?」
「大真面目だ」
 タシャが真顔で言い返した。
 負傷した野盗は、今が好機とばかりにそそくさと逃げ出す。その逃げていく背をちらりと一瞥し、ナマエは内心舌打ちした。
 あーあ、あいつ怪我が治ったらまた人を襲うんだろうな……。
 ため息をついて、苛々としながら目の前の騎士様へと目線を戻す。この男、たかが盗賊ごときを一人助けて偽善にでも浸っているつもりなのだろうか。
「あんなやつに慈悲を見せても無駄だよ。背中向けた瞬間襲ってくるような連中だぞ」
「だとしても、むやみに人の命を奪うのは騎士の信条に反する」
 はぁ、と再び深いため息が出た。
 こいつ、結構面倒くさいやつだ。真面目で、曲がったことが嫌いなんだろう。まあタシャの言いたいこともわかる。
 ……でもそうやって見逃した途端、何度も背後から斬られそうになった。治外で暮らす連中には碌な奴がいないということは、この半年の間で嫌というほど思い知った。
 もしかして、タシャの世界では盗賊すらも説得すれば改心するような奴ばかりなのだろうか? それともタシャ自身が甘いのか……。
「でもあいつ、また人を襲うぞ? どうせ法の外を生きているんだし、やっちゃっても別に誰も咎めないよ。むしろコロールやスキングラードで賞金がかかってるかも。そしたらお小遣い稼げて一石二鳥だよ」
 その物言いが引っ掛かったのか、ぴく、とタシャの形のいい眉が顰められた。美形の不機嫌顔は流石凄みがある。
「金の問題か?」
「森の治安改善にも貢献できる」
 臆せず言い返す。すると彼は不意に呆気に取られたように瞠目し、小さく吹き出した。
「は……、お前らしい物言いだ」
 くつくつとしばらく肩を揺らしていたタシャは、やがて達観したように笑って、ふと寂しそうな表情を浮かべた。その目線は確かにナマエに向けられてはいるが、その美しい若草色の瞳が見つめているのは、なぜか目の前のナマエではなく……どこか遠くにいる誰かを見つめているようだった。
「……そうか。そうやって弱肉強食の世界を生き伸びてきたのだな、お前は」
「急になに? 説教なら聞かないよ」
 態度が急に変わったことに警戒していると、タシャは緩く頭を振った。
「いいや、そういう訳ではない。だが少しは理解できたよ。お前のこと、この厳しい世界のこと」
 どこか哀れみを感じさせる眼差しに、ナマエは思わず言葉に詰まって半目を伏せた。

 この世界は、命の選別が必要な世界だ。出来ることなら人間なんて手にかけたくないとは思っている。だが実際はそんな悠長なことを考えているうちに自分が殺されてしまう。だからはっきりと敵意を向けてきた相手は躊躇なく対峙すると、そう決めた。ためらいは死に直結する。駆け出しの頃に比べて、便利で強力な魔法も色々覚えたし腕っぷしは強くなったとはいえ、まだまだ未熟な面があるのだ。
 命の重さを金の重さへと換算することで、命を奪うことへの罪悪感を誤魔化しながら。そういう世界で生きざるを得ない自分を嫌いに思ったことはないが、生まれて初めて真剣に向き合ってくる人間が現れて、もしかしたらタシャの言うように今まで殺さずとも良い人間まで手にかけてきたのかもしれないなとふと思った。
「……命乞いする者の命を奪う卑怯者だって思った? でも、街の外では隙を見せたらすぐに死ぬんだ。生きるか死ぬかがかかっている時に、他人に慈悲なんてかけている余裕はない」
 だが言い訳をするつもりはなかった。自分の行いを恥じるつもりもない。むやみに命を奪うのは卑怯だと口にできるのは強い者だけだ。
 シロディールの治安は決して良くない。武器を持たない平民はわりとあっさり死ぬ。だから知り合いが死んでもいちいち悲しんでいる暇はない。一人の命は安いのだ。特に一般市民ならなおさら。
 ナマエはそんな市民を守る側だが、同時に無法者から見たら奪う側であり、いつか奪われる側でもある。
 タシャは彼女の覚悟の色を見て、納得したようにゆっくりと顎を引いた。
「そうだな。勝手にこちらの信条を押し付けようとして悪かった。……今度あの盗賊に遭遇した時は、私が責任を持って引導を渡そう」
 言って、タシャは壊れ物を扱うかのようにナマエの頭をそっと撫でた。黒い皮手袋に包まれた武骨な手が髪の隙間を通っていき、顔にかかったほつれ毛を拾い上げて耳へと掛けられる。
 ……なんだか、いやに距離が近い。こいつのパーソナルスペースどうなってるんだ? ナマエが内心戸惑っていると、タシャがおもむろに彼女の顔を覗き込んできた。
「それと、卑怯者だとは思わない。お前の性根は善人だと知っているし、この厳しい世界で、ここまでよく一人で頑張っていると思う。ただ、お前の手をあまり人の血で穢してほしくはない……。まあ、これは私の勝手な願いなのだが」
 まるで子供に言い聞かせるような口ぶり。無意識なのだろうが、これには少しばかりイラッとした。
「……今度は子ども扱い?」
「あ、すまない! いつもの癖で断りもなく触れてしまった」
 ナマエの指摘にタシャがハッとしたように両手を上げる。
 いつもの癖……。近寄りがたい外見によらず、意外と人との距離が近いタイプのようだ。硬派に見えて、どちらかというと人たらしなのだろうか。とはいっても馴れ馴れしいのはあまり好きじゃない。線引きはしっかりとした方がいいだろう。
「いいけど……なんか下に見られている感じがして好きじゃないから、勝手に触らないで。勝手に触れてもいいのは、せいぜい腕から指先までだ」
「……分かった。騎士の名にかけて誓おう」
 言うなりタシャはその場に剣を刺して跪く。真摯な表情でナマエを仰いだ。若草色の美しい瞳が、ただ一人を映している。
ナマエ、私はお前の許可なくお前の体には触れぬことを誓う。――そして私が傍にいる限り、身命を賭してお前を守ることを誓おう。お前の剣となり、盾となり、行く手を阻む者がいれば露払いをし、風が吹けばこの身を風除けとし、行く道を照らす灯ともなろう」
「え、重……。なに急に?」
 急な重すぎる宣言に、さすがにドン引きして思わず一歩後ずさる。
 タシャはそんなナマエの心情に気づいているのかいないのか、立ち上がりながら照れた様子ではにかんだ。
「異世界に放り出された私を見捨てることなく救ってくれたお前に対し、私に恩返しができることがあるとすれば、それくらいだからな」
 急にすまなかったな、とこちらを気遣う様子を見せるタシャは、非常に謙虚だ。
 多分、もともとの性格もそうなのだろう。彼は一見気難しそうに見えて、(少し暑苦しいと感じる程度には)気さくで親切だ。身分差だって気にしてない。まあ世界が違うので元の世界の身分なんて何の役にも立たないが、それにしたって普段から分け隔てなく接してでもいない限り、差別や偏見というのは咄嗟の身振りや言動に出てしまうものだ。差別や偏見、少なくともタシャからはそういったものは感じられない。
 元々ナマエは誰であっても対等に接することを心掛けていたし、運悪く傲慢な人間に遭遇した時は遠慮なく放任した。
 身分差を自覚しながらも、ナマエはタシャと出会ってからこれまで幾度も失礼な態度を取ってきた自覚はある。けれど彼はナマエの無礼に腹を立てることはなかった。
 変わった騎士様だな、と改めて思う。もしこれで彼が高慢な人間だったら、少しの迷いもなく置いて行っただろう。

 でも困ったな……。あんなことを言われたら、離れ辛くなってしまうではないか。
 帝都に着いて、ある程度タシャが自活できるようになったらそこで彼とは別れるつもりだったのに。そんなことを誓われてしまっては、『はいさよなら』と言いづらくなってしまったではないか。
 髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、はぁ、と大きなため息をつく。
 ……でも、悪くない。
 立派な身なりの男が所在なく立ち尽くしているのを眺めていると、次第になんだか笑いが込み上げてきてしまった。吹き出しそうになるのを、咄嗟に口元に指を添えて誤魔化す。
「どうした?」
「タシャって、生真面目って言われない?」
「……よく言われる」
 図星だったのだろう。バツが悪い表情で、気恥ずかしそうにしながらも素直に認める彼に耐えきれず、ナマエは今度こそ声をあげて笑った。
「ははっ、面白い騎士様」
 うん、やっぱり嫌いじゃない。
 共に旅するパートナーとしては、悪くはない人選だ。


「……ところで実際お前は今いくつなのだ?」
「年齢? 十八だけど」
「じゅっ!?」
「……なんでそんなに距離取るの?」



※ タシャは22~23歳くらい? 実際いくつの設定なのか気になる・・
2024/10/25