Curiosity killed a cat!-1
軽くトーストしたパンにバターを塗り、たっぷりのマヨネーズとマスタードをつけて、その上にレタスとトマト、ターキーのスライスをたっぷり乗せる。そこに上からパンで挟めば、ターキーサンドの出来上がり。それだけじゃバリエーションが少ないため、続いてタマゴサンドも作る。具材には、こっそりと彼が嫌いなピクルスをみじん切りにして混ぜ込んだ。これできっと気づかれずに食べてくれるだろう。そしてピーナッツバターとストロベリージャムのサンド。
出来上がったサンドイッチを食べやすい大きさにカットしてバスケットに詰め込めば、丁度良くコーヒーも落ちていた。ポットにコーヒーを注いで、別の小さなポットにミルクも用意する。デザート用にと作っておいたプリンを最後にバスケットに詰めれば、ピクニック用のランチは完璧に準備できた。
時計をチラと見ると、ちょうど午前九時前。
着替えて家を出れば、十時くらいには彼の家に着くだろうか。そう頭の中で計算し、私はエプロンを外して弾む足取りで自室へと向かった。クローゼットの中には、久しぶりのデート用にと新調した可愛いワンピースが私に袖を通されるのを待っている。
あと少しで、いとしの彼――ユーリスに会えるはずだ。
街の貸本屋で働くしがない私とユーリスとのそもそもの馴れ初めは、半年ほど前になる。
ユーリスは、元は先のグルグ族との戦争で亡くなられたアルガナン伯爵様に雇われた傭兵だった。そして英雄エルザ様のお仲間の一人。
傭兵といっても、ユーリスは歳若い魔導師だ。そしてそんな彼の趣味は、読書。当然私の働く貸本屋に、ルリ島に着いたばかりのユーリスが訪れたのは自然の成り行きだった。
最初に見かけたユーリスは、一言で言うとクールな美少年。さらに無口、無愛想。店員の私には殆ど見向きもせず、たまに視線を送ってくるくらいだった。顔はいいのに残念な人、やっぱり傭兵ってそういうものなのかしら。第一印象は、そんなもの。
だけど一度だけ、思い切って声を掛けた事があった。
『いつも来てくれてありがとうございます。本が好きなんですね』
何気なさを装って挨拶した結果、彼の最初の返事は一言。
『……別に』
『そ、そうですか』
素気無い一言に私は鼻白んで、それ以来もう声を掛けようという気はそがれた。でも声は意外と男の子っぽくて、内心少し素敵だと思ったのを覚えている。
無愛想で無口な、取っ付き難い綺麗な傭兵の男の子。
けれど、そんなイメージが覆ったのは、暫く姿を見せなかった彼が数日振りに顔を見せた時だった。たしかカナン姫の披露宴の時、何十年ぶりにグルグ族が襲撃してきた少し後のことだったと思う。
ふらりと唐突に現れて、カウンターに立った彼は、何を思い立ったか何故か急に私に声を掛けてきたのだ。
『この前の質問だけど、本を読むのは嫌いじゃない。知識が増えるのはいいことだと思うし』
返却予定の本をカウンターに差し出しながらそう告げられ、私は暫くの間何を云われたか理解できずポカンとしていた。
『えっ、……あっ、ああ!』
ようやっと、先日の私の『本が好きなんですね』という挨拶に対しての返答だと理解する。けど、少し理解するのが遅すぎたようだ。ユーリスが、まるで私の事を頭の鈍い子を見るようにして、眉を顰めていたのだ。
『忘れてたの? 君が聞いたんだろ』
咎めるような声色に小さくなった私は、すみません、と謝りながらも、内心で『そんな前のことなんてすぐに思い出すわけないじゃない!』と地団駄踏んでいた。
彼はそんな私を見て、ふと力が抜けたように笑った。
『君、名前は? 僕はユーリス』
『へ? あ、ナマエって云います』
『ふうん、ナマエ。いつもご苦労様』
初めて見たその笑顔の、魅力的だったこと! そしてそこから私達は、友達になったのだ。
鏡の前で髪を整えた私は、ユーリスにプレゼントされた髪飾りを頭につけた。化粧も手早く終え、クローゼットからワンピースを引っ張り出して袖を通した。……少し裾が短すぎただろうか。
まあ、いいか。
今一度姿見で自分の格好を見て、おかしいところはないかチェックする。……大丈夫そう。うん、と一つ頷いて、部屋を出た。
バスケットを引っつかみ、ちらと時計を見る。九時半、ちょうどいい時間だ。私はうきうき気分で、玄関を飛び出した。
空は快晴、ピクニック日和だ。
――晴れて友達になった私達だったが、話はそこで終わらない。何度も通ってくるユーリスと少しずつ会話は増え、私は次第に彼の事を一人のお客さん以上の存在として見るようになっていた。
それからまた少し月日が経つ。グルグ族がまた奇襲をけしかけ、帝国本土のお偉い元将軍様が暗殺され、ルリ軍がグルグ城を制圧し、と世の情勢は激しく動いた。
そしてカナン姫の結婚式当日、グルグ族が再びルリ島を襲撃したのだ。激しい戦いだった。私達市民は騎士様の誘導の中、地下に避難して事態の収束を待った。傭兵だったユーリスは勿論戦いに身を投じた。
その戦いの最中、私は運よく出会えたユーリスに、身に着けていたお守りを差し出した。
『どうか、ルリのご加護がありますように』
ただの気休めにしかならないことは分かっている。けれどユーリスはそれを無言で受け取り、頷いた。再び戦いに戻っていった彼の無事を、私はひたすら祈った。
そして戦いが終わり、ユーリスはまた私のところに戻ってきた。
突然目の前に現れた彼は、私の顔を見るなり真っ赤な顔で派手に愛の告白をぶちまけてくれたのだ。
『ナマエ! き、君、きみが……』
『ユーリスさん?』
『僕は君が好きだ! 僕とお付き合いしてくだひゃ……ッ!』
盛大に噛んだ。
呆気に取られていた私は、ユーリスに悪いと思いながらも耐え切れず吹き出してしまった。
『……笑うなよ!』
ユーリスが耳まで赤くしながら、憤慨した。
その様子に私は目じりに溜まった涙を拭いながら、謝った。答えなんて、とっくの前に決まっていた。初めて彼の笑顔を見たときから。
『ごめんなさい。でもすごく嬉しい。私もあなたのことが、好きです。お付き合い、させてください』
『え!? ほ、ほんとに? 嘘じゃないよね?』
信じられないとでも言いたげな表情のユーリスに、嘘じゃない、と告げると、彼は突然拳をぐっと握って体を震わせた。と、思ったら。
『いよっしゃー!』
大きくガッツポーズ。
……あれ? こんなキャラだったっけ? 私は、すっかり美少年のイメージをぶち壊してくれたユーリスの浮かれる様子を眺めながら、少しだけ困惑していた。だけどそれは、ほとんど好意的なものだったけど。
そんなこんなでお付き合いを始めて、三ヶ月が経った。
あの戦から、新しい領主様の元、街も徐々に復興してきている。グルグ族の人たちとも和解が実現し、彼らもようやくルリの街に馴染んできているようだった。
元傭兵だったユーリスはその高い魔力と能力を買われて、宮廷魔導師見習いになったようだった。それも、見習いが取れるのも、もうすぐらしい。彼は日々街の復興と、魔導の研究とで忙しく過ごしている。
そして今日は、そんな彼の久しぶりの休日だった。なので、ピクニックに行こうという前々からの約束を果たしてもらうことにしたのだ。
ちなみにユーリスは、ルリの下町で部屋を間借りして暮らしている。私の家からも近くなので、少し時間ができた時には度々お邪魔しに行っていた。けれど今回のように丸々一日休みになることは、殆どなかった。だから今日のピクニックは、何日も前からとても楽しみにしていたのだ。
青空の下、舗装された道を進んでいくうち、見慣れた青い屋根の家が視界に入った。ここの二階にユーリスが部屋を借りているのだ。
外の階段を上って、扉の前に立つ。ひと呼吸して、扉をノックした。
……返事がない。まさかまだ寝てる? そう思ったとき、目の前の扉が急に開いた。
扉の向こうに、髪を下ろしたユーリスの姿。髪が乱れているところを見ると、今まで寝ていたのは確実なようだ。……早めに出てきて良かった。
「おはよう、寝坊助さん」
「ごめん、今起きた……」
ユーリスは寝ぼけ眼を擦りながら、ぼんやりとした口調で詫びる。私のために扉を開け放ち、また部屋の奥へと戻っていった。
お邪魔します、と一言断って、私も部屋の中へと入った。
バスケットを適当な椅子の上に置き、あたりをきょろきょろ見回す。机の上を中心に、あちこちに本が辺りに散らばっている。ユーリスの部屋は、きれいな時と汚い時との差が激しい。汚いといっても本があちこちに散らばっているのが主で、大抵研究が行き詰っている時にそうなることが多いようだ。
「また朝まで研究?」
ユーリスは私の問いかけに、大きなあくびをしながら頷いた。
「ふわぁ、そう。研究のレポート仕上げなきゃならなかったんだ。……シャワー浴びるからちょっと待ってて」
ふらふらした足取りで浴室へと向かうユーリスに、ゆっくりでいいよ、と声を掛けた。
彼が浴室へ篭ってしまうと、私は正直あまりすることがない。仕方ないので、少しでも部屋を小奇麗にしようと床に散らばる本や丸まったレポート用紙に手を伸ばした。まったく、本好きならもう少し丁寧に扱って欲しいものだ。本なんて、決して安くないものなのだから。
本を拾い上げては、揃えて机の上に積み重ねる。大事そうなものには触らないようにした。そんな作業を何度か繰り返していた私の手が、ふと止まった。ベッドの下に隠されるようにしてあった一冊の本に気づいて、おもむろに拾い上げる。
「なにこれ、……官能小説?」
そんなまさか、うわいやだ、ユーリスったらやっぱり男の子なのねいやらしい。とは思わず、私は好奇心からページを捲った。その時、カチャリ、と浴室の扉が開いた音がしたが、目の前の事に集中して気づかなかった。
「ナマエお待た……」
「なになに? 『彼女はその白魚のような美しい手を、そっといきり立ったご……』」
「うぎゃーっ!」
「わわっ」
突然ユニークな悲鳴が聞こえたと思ったら、背後から本が奪われた。本を奪った犯人へと振り返ると、髪を濡らしたユーリスが顔を真っ赤にさせて肩をわなわなと震わせていた。
「ユーリス! びっくりさせないでよ!」
「びっくりしたのはこっちだよ! こんなもの読み上げなくていいからっ!」
あまりの慌てっぷりにからかいたくなって、私は意地悪く笑った。
「……ユーリスって意外とむっつりだったんだね」
「ち、ちがう! これは、ジャッカルが無理やり置いていったもので、僕のものじゃないし!」
必死な弁明に、危うく吹き出すところだった。
それが伝わったのだろうか、本をベッドに放り投げたユーリスは、怒ったように私の手を掴んだ。
「もう、こんなものいいから! はやく外行こう!」
「ええ!? まだ髪濡れてるよ! せめて髪乾かしてからにしようよー」
玄関へと向かおうとするユーリスを必死に押しとどめて、なんとか髪は乾かさせた。
ようやく外に出ても、ユーリスのご機嫌はまだ少しよろしくないようだった。早足のユーリスを必死で追いかけ、次第に息が弾んでいく。
「ユーリスぅ、待ってよー」
甘ったれた声を出すと、彼は律儀にも振り返ってくれた。そして私の様子を見て、ため息をつく。
「ほら、早くしてよ」
そう口では素気無く言いながら、手を差し出してきた。
まったく素直じゃない。えへへ、と笑いながら差し出された手を取ると、何笑ってんの、と眉を顰められる。なんでもない、と答えながら、私はそっと握った手の指に、自分のそれを絡めた。ぴくり、と彼の指先が震えるのが分かった。隣を歩くユーリスは振り返らなかったが、耳元が赤くなっていたのは隠し切れない。
歩幅は先ほどよりも緩くなったようだった。並んで歩くと、出会った時より彼の背が少し伸びているのに気づく。そんな小さな違いに、私はひそやかに頬を緩ませた。
郊外の緑が広がる丘にたどり着いたのは、お昼少し前くらいだろうか。大きな栗の木の下に、早速ピクニックシートを広げた。
「気持ちいい天気」
シートの上に座って、伸びをする。空を見上げると、視界いっぱいに澄んだ青空が広がっていた。隣を見ると、ユーリスも同じ格好で空を見上げていた。思わず笑みがこぼれる。
なに、と振り返ったユーリスに、私は微笑んだ。
「ちょっと早いけど、ランチ食べる?」
提案に、そうだね、と彼は頷いた。
バスケットの中身を取り出して、シートの上に広げた。まずはランチョンマット、お皿に、ブリキのカップ。ポットから少しぬるくなったコーヒーをカップに注ぎ、ユーリスに手渡した。
「コーヒーにミルク入れる?」
「ありがと。ミルクはいいよ」
「え、そう? じゃあ、はい」
おかしいな、私の知るユーリスは、コーヒーにはミルクは必ず入れる派だったはずなのに。急にブラック派になったんだろうか、なんて思っていると、コーヒーを一口飲んだ彼の顔が僅かに歪んだので、思わず笑ってしまいそうになる。背伸びして、ブラックコーヒーを飲んでいるのがバレバレだ。
笑いをこらえていると、ジト目でにらまれてしまった。
「……なんだよ」
「別に。ミルクいる?」
「……貰う」
やっぱりブラックコーヒーは無理があったのか、ユーリスは少しばつが悪そうな表情で、カップを差し出してきた。それにたっぷりとミルクを注いであげた。
続いて出したのは、ターキーのサンド。彼は大きな口をあけて、がぶりとサンドイッチに齧り付いた。
「美味しい?」
暫く口の中で咀嚼していたユーリスが、一言。
「まあまあだね」
「うわ、辛口」
中々厳しいご意見だ、と思ったら。
「うそ。美味しいよ」
と、恥ずかしげにそんな嬉しい事を云ってくれる。
……ユーリスの笑顔を眺めながら、たまに思うことがある。この人、こんなに美形でツンデレで可愛くて、しかもその上たまにおちゃらけキャラって、本当ずるすぎると思う。
そんなことを真面目な表情で思いながらユーリスを見つめていると、その視線を勘違いしたのか彼は「ホントだって」と少し慌てたように云った。
続いてタマゴサンドも食したユーリスだったが、齧り付いた瞬間妙な間があった。どうやらみじん切りにされたピクルスに気がついたようだったが、文句は言わずに黙って全て平らげてくれた。