Chapter.01






 ――いつからここにいるのか分からない。

 暗闇だった。
 目の前に続くは、暗闇。
 この目で認識できるのは、ただひたすらに重くのしかかってくるような暗闇だけだ。
 一面の闇。

 その無限に広がる闇のなか、『私』は歩き続けていた。
 どのくらい歩き続けているのか、一瞬なのかそれとも何百という月日が経っているのかすら定かでない。
 ただ一つ確かな事があるとすれば、自分が記憶を失っていることだ。
 己が何者かわからなかった。生きているのか死んでいるのか、自分の名前も、ここがどこなのかすら。

 ふいに、目の端に何かを捉えた。
 振り返る。
「え」
 細い光、糸のようなもの、が。
「なん」
 伸びてくる。
 そして、
「あ」
 ――体を、貫いた。


***


 傭兵エルザは、遺跡の闇の中で――不思議な“声”を聞いた。
 腕の中には、つい先ほどアンデッドの放った矢によって胸を貫かれた仲間の女傭兵――セイレンがぐったりと気を失っている。仲間の危機に我を忘れたその刹那、どこからともなく響いた声が、彼の心に寄り添うように囁いた。

『大切なものを守りたい。その願いを、強く祈りなさい』

 次の瞬間、焼けつくような痛みが右手を貫いた。
 眩い光が全身を包み込み、皮膚の下に刻印が浮かび上がる――。

 気づけば、エルザは力を得ていた。
 何が起こったのか理解する間もなく、襲いかかるアンデッドを迎え撃つ。右手の刻印は蒼白い光を帯び、その魔力が身体の隅々にまで流れ込んでいくのを感じた。
 傷ついたセイレンの身体が、瞬く間に癒えていく。

 集中すればするほど光は強さを増し、アンデッドたちは夜蛾のようにその輝きに惹かれ群がってくる。
 右手の光が高まるたび、敵の動きは鈍り、受ける衝撃が薄れていく――それは明らかに、“破壊”のためではなく“守護”のための力。
 どんな魔法とも異なる、不思議な力だった。

「エルザ、その光は……!?」
 偵察に出ていたクォークとユーリスが戻り、異様な光景に息を呑む。その目に映るのは、右手を青く輝かせたまま立ち尽くすエルザの姿。
「みんな! 大丈夫か!?」
「なんとかね。イッテテ……」
 傷跡の名残に顔をしかめながらも、セイレンは薔薇色の髪を翻し、双剣を構える。その姿はまさしく戦場に咲く華。致命傷だったはずの矢傷は、もはや跡形もなかった。

 ――いったい、この力は何なのか。

「でも驚いたよ、エルザ。今の……」
 傭兵団の最年少、炎使いのユーリスが魔法陣を展開しながら、片目でちらりとエルザの右手を見やる。
「俺にも、よく分からないんだ。頭の中に声が聞こえてきて……」
「なんなんだ、いったい……」
 低く唸るように呟いたのは、黒髪の男――傭兵団のリーダーであるクォークだ。
 精悍な顔に刻まれた皺が深く寄る。エルザにとって、兄のような存在でもある。
「詳しい話は後だな。まずは目の前の敵を片付けるぞ!」
 クォークの号令にエルザが頷く。
 エルザが魔物の注意を引き、ユーリスが浄化の炎を放ち、怯んだ隙をクォークとセイレンが斬り伏せる。
 連携は完璧だった。
 やがてアンデッドたちは、静かな骨の山へと還る。
 と同時に、右手の光がふっと収束していく。

「……さっきのは、いったいなんだったんだ」 
 エルザは息を整えながら、右手の甲を見つめる。
 そこに残るのは、淡く青く光る刻印。
 耳の奥で、再び声が蘇る。
 
『あなたは私と、同じ心を持っている――』
 
 あの不思議な声が聞こえた瞬間、右手に痣が刻まれ、力が与えられた。
 まるで契約を結んだような感覚だった。
 あれはいったい、何者なのか。
 こんな力を与えるなんて――まるで、この遺跡に眠る神のようだ。
 そう思いかけて、思わず苦笑が漏れた。そんな非現実的な話、あるはずがない。


「……ねえ、みんな。これ、見て」

 ユーリスの声に顔を上げると、隠し扉になっていたらしい壁の一部がぽっかりと口を開け、奥に小さな空間が現れていた。
 大人四人が入ればいっぱいになるほどの狭い空間だ。部屋の四隅には火の消えた燭台が掲げてあり、壁にはよくわからない壁画。この空間自体が何か秘密の儀式に使用された祭壇のように見えた。その中央に、長方形の石造物が静かに安置されている。
 白灰色の石に彫り込まれた装飾は、驚くほど精密で美しい。その上に、朽ちた花束がひっそりと置かれていた。
「これは……棺?」
 知的好奇心を隠しきれないユーリスが、恐る恐る近づいていく。
 興味なさそうにしていたセイレンが、ふと何かに気づいて声を上げた。
「なあ、ここ。文字が彫ってあるぜ」
「どこ?」
 ユーリスが棺の側面を覗き込み、目を細める。
「……これ、多分古代語だ」
「読めるか?」
 クォークの問いに、ユーリスは少し眉を寄せた。
「どうかな。努力はしてみるけど……ええと」
 ユーリスの蒼い瞳に挑むような光が宿り、唇が静かに動く。
 
 ――Pulchra Ishtar sub nocte dormit.
 Potentia nexus eam ex somno evocabit.
 Et cum chaos et ordo conveniunt, per votum sanguinis mei, cara Ishtar ad stellas redit.

 低く澄んだ声が、遺跡に響く。
 美しい響きだったが、意味を理解できる者はこの場にはただ一人だけだ。
 
「美しきイシュタル……夜の下、眠る。絆、眠り……呼ぶ。カオスとオーダー……出会う。血の願い……イシュタル、星に還る……」
 訳を口にしたユーリスが、そっと息を吐く。
 どうやら翻訳は終わったらしい。
「……イシュタルって、この棺の中の人の名前、かな?」
 エルザがそう呟きながら、刻まれた古代文字に指先で触れた瞬間。

 ――パキン。

 何かが割れるような音がした。

「えっ……?」

 右手の痣から青い光が爆発的に溢れ出す。

「キャッ!? な、なんだっ!?」
「うわあっ!? なにっ!? 何が起こったの!?」
「ユーリス、下がれっ!」

 眩い光の渦がエルザの右手から迸り、目の前の棺を包み込んでいく。
 やがて、光はゆっくりと収束していった――。

 
***

 
「――び、びっくりしたぁ。今のはいったい何だったんだ……」
「おい見ろよ! 棺の蓋が空いてるぜ……!」
「ほう? どれ、いったいどんな奴が眠って……っ、これは――!」
「うっわクォークよく覗き込めるなぁ。怖いもの知らずすぎない?」

 ――……うるさい。
 気が遠くなるほど長い間、音も光もない暗闇の底で微睡んでいた彼女は、頭上の騒がしさに気づいて、意識の底からゆっくりと浮上していった。
 瞼を開けようとしても、脱力したように体が言うことを聞かない。妙に重い。
 ――ああ、これが“重力”か。
 久しく感じなかった感覚に、息苦しさと、どこか懐かしい解放感が入り混じる。
 まるで、この世に二度目の生を受けたかのような――。
 
「おい……お前たち、これを見てみろ」
「ええ? 冗談じゃない。こっちは死体鑑賞なんかする趣味はないんだけど」
「なーんだよユーリスちゃん怖いのか? どれどれ、お姉さんがひと肌脱いであげよう……、って――こりゃあ……」

 不意に、空気が静まり返った。
 だが複数の気配が依然としてすぐ近くにある。息を潜めながら、無言の視線がこちらに突き刺さるのを肌で感じた。

「……すごく、きれいな人だな。花がこんなにたくさん添えられて……愛されてたのかな」
「なあ……こいつ、生きてない……か?」
「冗談やめてよセイレン。棺の中にいるんだ。死んでるに決まっているだろ」
「ユーリスの言うとおりだ、セイレン。生きているように見えるのは、密室で保存状態が良かったせいか……あるいは保存魔法でも使われているんだろう。……しかし、美人だな」
「え、クォークが人の容姿を褒めるなんて珍しいな。でも……そうだね。こんな若くして死ぬなんてもったいない……」
「は? もったいないって何だよエルザきっしょ!」
「えっ!? あ、いや違うってセイレン別に変な意味じゃなくて……!」
 
 ――それにしても、耳元で騒ぐこの連中はいったい何者だ?
 人の容姿に口出ししてぎゃあぎゃあとやかましい奴らめ。
 
「……う、る……さい」
「――ヒッ!? い、いましゃべったよね!?」

 裏返った情けない声が鼓膜に響く。
 うるさいな、いい加減にしてくれ。
 文句を言おうにも、まだ口がうまく動かない。
 息を深く吸い、吐いて、また吸う。空気を肺一杯に取り込むと、ようやく体中に感覚が戻ってきた。
 ゆっくりと瞼を持ち上げる。

「わ――目が、目が開いた!?」

 一番に目が合ったのは、お人よしそうな顔をした、亜麻色の髪の青年だった。
 左右で色の違う瞳――オッドアイの男が動揺したように一歩下がる。
「エルザ……おまえなんつーことしやがったんだよ……! これって絶対あの変な光のせいだよな? まさか死者まで蘇らせちまうなんて……」
 隣で顔を引き攣らせているのは薔薇色の髪の女戦士だ。
 誰が死者だ。そう突っ込みを入れたかったが、今は状況把握の方が先だ。
「……あんたら、だれ?」
 掠れた声で問いかけると、少し離れた場所で縮こまっていた銀髪の少年が青ざめた顔でヒッと悲鳴を漏らす。
「ま、またしゃべった……!」
 どうやら自分は不死の者か何かと思われているらしい。
 まったく失礼な。噛みつくつもりなど毛頭ないというのに。
 内心不服だったが、妙な動きを見せて、彼らの持つ武器で退治されてはかなわない。慎重に行動せねば。
「ユーリス落ち着け、とりあえずその魔法陣は引っ込めろ。喋るアンデッドなぞ聞いたことがない……。――おいお前、何者だ。慎重に答えろよ。返答次第ではこの場で斬り捨てる」
 黒髪を刈り上げた精悍な男が一歩前に出る。
 その手には、鋭い剣。
「ちょっ……クォーク、横暴だよ。もしかしたら誘拐されてここに閉じ込められた、ただの民間人かもしれない――」
「んなわけあるか。お前は少し黙っていろエルザ」
 どうやら自分のことで揉めているらしい。
 やれやれ、面倒な……。
 凝り固まった体を起こそうとした瞬間、黒髪の男に剣を喉元に突きつけられた。
「――おい動くな!」
「体を、起こすだけだ……。そう警戒しないで」
 言って、げほ、と咳き込んだ。
 大して長い台詞でもないのに、それだけでひどく喉が渇く。喉元の剣を指でそっと押し返し、力の入らない体に鞭打って棺の縁に掴まり、なんとか体を起こす。上半身を覆っていた飾り花が腰元に滑り落ちていった。
 さっと周囲に目線を巡らせ、再び黒髪の男を見上げる。
「……水を、もらえない? 喉が、すごく乾いていて」
「チッ……ほら」
 男は逡巡ののち、ため息まじりに腰の水筒を差し出す。
 礼を言って受け取るも、見慣れぬ構造に戸惑っていると、舌打ちが響き、彼が無言で蓋を外して再び渡してきた。
 喉を潤すうちに、ようやく思考が整いはじめる。
「で、お前は何者だ?」
 尋問口調のこの男は、きっとこの一団のまとめ役なのだろう。
 緊張した空気が肌を刺す。だが――あいにく、望む答えは持ち合わせていない。
「……悪い、分からない。多分、記憶喪失だ」
「なんだと? ……名前も分からないのか?」
「名前……」
 怪訝そうな黒髪の男の質問に、力なく首を横に振る。
 横にいた亜麻色の髪の男が、何かを思い出したように口を開いた。
「この棺に“イシュタル”って彫ってあるみたいなんだけど、それが君の名前じゃないのか?」
 イシュタル。
 口の中で反芻する。
 確か、それは女神の名だったか――。けれど、自分のこととは思えなかった。
「……わからない」
 曖昧な回答に、黒髪の男の警戒が強まっていくのを感じた。先ほどよりも険しい顔つきで、男が口を開く。
「最後の質問だ。お前は……不死の者か?」
 慎重な問いかけに、一瞬口ごもる。
 そんなこと、こちらが答えを知りたいくらいだ。
 だが、握った拳の皮膚の下から感じる脈動は、この体の確かな生を実感させる。
「……生きた人間、だと思いたい」
「確証はないという訳か」
「証明する手段はない。でも、誓って敵対はしない」
 言いながら、少し軽くなった水筒を突き返す。
 黒髪の男はしばし黙り込み、差し出された水筒と彼女の顔を交互に見てから、乱雑にそれを受け取った。
「……チッ。どうやら妙なことに巻き込まれたらしいな。だが、確証が持てない以上は――」
 
 ――グキュゥウゥゥゥ。
 
 男の言葉をかき消したのは、盛大な腹の音だった。
 驚いて思わず自分の腹に手を当てる。さきほどの爆音は、どうやら間違いなくここが音源らしい。
 そろりと顔を上げると、四人の視線が一斉にこちらを向いていた。目を丸くしたり、顔を引きつらせたり――気まずさが尋常じゃない。
「び、びっくりした」
 銀髪の少年がぎこちなく呟く。
「……勘弁してくれ」
 片手で顔を覆い、深くため息を吐いたのは黒髪の男だ。
「ごめん……」
 シリアスな空気を完全にぶち壊してしまったことに申し訳なさが立ち、小さく謝る。
 自覚はなかったが、どうやらひどく空腹だったらしい。
 気まずい沈黙の中、薔薇色の髪の女が顔を覆い、肩を震わせている。笑いを堪えているのがまるわかりだ。
 そして――。
「っ、ぶはっ! ダメだぁ〜もう耐えらんねぇ!」
 次の瞬間、思い切り吹き出した。
 場違いなほど明るい笑い声が、じめついた空気を一気に吹き飛ばす。
「おい、セイレン」
「もういいだろクォーク、尋問はそこまでにしようぜ。こいつがアンデッドに見えるか? どう見ても、あたしらと同じ血の通った人間にしか見えないだろ?」
「だがな――」
「にしてもお前、今のはマナミアよりもでっけー腹の虫の音だったな。腹減ってるんだろ? だったらさっさとここを抜け出して、うまいもんでも食べに行こうぜ」
 セイレンと呼ばれた彼女は黒髪の男――クォークの言葉を遮って、こちらを向いて豪快な笑顔でくいっと指で外を指し示した。
 どうやらクォークとは違い、セイレンの態度はおおむね好意的らしい。
「マナミアって?」
「あたしらの仲間だ。今は街の方で別行動中」
 街、と聞いて、ようやく自分の置かれている状況が気になって周囲を見渡す。湿った空気、薄暗い空間。ここはどこかの遺跡だろうか。
「そういえば、ここはどこなんだ?」
「さあな。見当がつかない」
 セイレンに影響されたのか、やや態度を軟化させたクォークが面倒そうに首裏を擦る。
 曰く、彼らはここルリ島の領主に命じられ、洞窟内で魔物の駆除を行っていたそうだ。探索を続けるうちにこの遺跡にたどり着き、アンデッドに襲われ、この祭壇を見つけたという訳だ。
 
「なあクォーク。彼女、とりあえず出口まで一緒に連れて行ってあげようよ。訳ありの記憶喪失みたいだし、ここで放り出すのはかわいそうだ」
 それまで口を噤んでいた亜麻色の髪の男が、慎重な口ぶりでそう提案した。クォークは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、首筋を擦りながら深くため息を吐いた。
「まったく……お前たちは俺の言う事なんざちっとも聞きやしない。殊勝な口ぶりで言いやがって……。どうせもう腹の中では決めてるんだろ? この得体のしれない奴を一緒に連れて行くってな。なら好きにしろ。それに――こうなったのもエルザに責任があるからな」
「えっ? 俺の!?」
「そうだね、エルザが彼女を目覚めさせたんだから」
 銀髪の少年の冷ややかな指摘に、エルザと呼ばれたお人よしの青年が焦りを見せる。
「エルザちゃんってば、眠れるお姫様を目覚めさせるなんて、どこの王子サマだよ~」
「あ、いや……ははは……。たまたまだよ……」

 姫なんて柄じゃないんだけどな……。
 一人だけノリの良いセイレンのイジリにたじたじになっているエルザを眺めていると、気難しい顔で黙り込んでいるクォークとふと目が合った。あからさまな警戒の眼差しが突き刺さり、気まずい空気を飲み込みながら尋ねる。
「……本当に、厄介になっていいのか?」
「まあ……仕方なくだがな」
 渋々といった様子でクォークが顎を引いた。ふ、と小さな吐息をつく男の目線がおもむろにエルザに注がれる。鷹のように鋭い瞳がその時だけは緩み、慈愛に満ちた眼差しを見せた。
「言い出したら聞かないからな、あいつは。――その代わり、俺がお前を見張る。妙な動きを見せるなよ」
 ひと睨みされ、肩を竦める。
「……わかった。感謝する」
 ひとまずはひとときの安全を得たらしいと理解し、ほっとする。目覚めてすぐ、訳もわからぬ状態で斬り捨てられるのだけは御免だ。
 この一行の実質的な要はおそらくクォークだろう。警告付きとはいえ、その彼に受け入れられたということは、少なくとも“今すぐの脅威ではない”と判断されたということだ。

 
 クォークの手を借り、花に埋もれた棺から抜け出す。
 耳に差し込まれていた百合の花を抜き取り、棺の中に投げ入れた。
 地面に足をつけると、ふわふわと浮いたような感覚に襲われる。長い眠りの後の倦怠感に似ていたが、何度か手足をぐるぐると動かせば全身に活力が巡っていく。
 体を覆うように包んでいた白いリネンを振り払えば、その下には動きやすさを重視した軽装の鎧姿が現れた。白いシャツの上に黒を基調とした革の防具がぴったりと体の線に沿うように覆っている。露出の少ない造りのそれは、どちらかというと偵察向きの恰好だろうか。背中に落ちるフードを被れば怪しさ満点だ。武器は太ももに革ベルトで巻き付けられた短剣がひとつ。その他には棺の脇に弓と長剣、腰に巻き付けるタイプの携行ポシェットがひっそりと置かれていた。
 おそらく全て自分の持ち物だろうと判断して持ち出す。長剣を腰に装着していると、クォークが目ざとくそれに言及した。
「武器を持っている……ということは、それなりに戦えそうか?」
 弓はしっくりと手に馴染むし、張られた弦も劣化しておらず、弓を引く分には問題なさそうだ。
 が、扱えるかどうかは定かではない。何せ記憶がないのだ。
「さあ……どうだろう。試してみるけど」
「そうか。おそらくこの先も魔物が出る。自分の身を自分で守れるのなら、その方が俺たちも助かる」
「了解」
 弓を背負い、軽く頷いた。
 


 遺跡の出口は、意外なほどすぐに見つかった。
 壁際のレリーフの陰に仕掛けがあり、スイッチをひねると壁が地面へと沈み込む。
「あーっ! なんだよ道あるじゃん! エルザのバカ!」
 セイレンの罵倒に、エルザは苦笑いで「ごめんってば」と謝った。
 
 先行するエルザとセイレンの背を追っていると、鳴りを潜めていた空腹が再び主張をし始めてしまった。
 ぐうぐう鳴る音にうんざりしていると、す、と横合いから何かを差し出された。
「ほら」
 と、声を掛けられ振り返ると、銀髪の少年が油紙の包みをこちらに差し出している。
「なに?」
「携行食。お腹空いてるんだろ? 何もないよりはマシだろ」
「……いいのか?」
「いらないんなら返して」
 行動とは裏腹な冷ややかな態度にどう反応したらいいか分からず内心戸惑った。
 丁寧な髪の編み込みに氷のように澄んだ蒼い瞳、細身ながらも引き締まった体。上背は同じくらいか。右目を覆う眼帯の奥に強い原始の炎の力を感じる。魔法使いなのだろうか。少女と見紛うほどに綺麗な顔の少年だが、愛想はない。……いや、少年というには少し大人びている。多分、成人間近といったところだろう。
 とはいえ、ここの成人の定義は知らないが。
「貰うよ。ありがとう、えっと……」
 差し出された包みを受け取りながらこの少年の名前を思い起こそうとした瞬間、彼が短く口を開いた。
「ユーリス」
「ありがとう、ユーリス」
 礼を言うと、なぜか睨まれた後、ふいっと顔を背けられた。行動と表現がまるで逆だ……。
 受け取った包みを開く。塩気の強いビスケットだった。
 一口齧ったところで、先行していたセイレンが振り返る。
「あたしはセイレン。よろしくな」
「ン」
 乾燥した硬いビスケットを口の中でかみ砕きながら、返事代わりにセイレンに頷く。
「あ、そっか。まだ名乗ってなかったな。俺はエルザ。それでそっちは――」
 エルザが言いかけると、最後尾のクォークがため息まじりに続けた。
「……クォークだ。こいつらを率いて傭兵団のリーダーをやっている」
 んぐ、とようやく口の中で砕けたビスケットを飲み込む。ほんのり甘く塩辛い味が、五臓六腑に染み渡った。
「そうか……あんたたち、傭兵なんだな」
 何気なく口にした言葉に、彼らの表情がわずかにこわばり、場の空気が変わった。
「あ……うん、そうなんだ」
 明らかなエルザの愛想笑いには流石に気づいたが、何がまずかったのか分からなくて内心首を傾げる。
「何か変なこと言った?」
「あ、いや! ほら……傭兵って、あんまり世間受けが良くなくてさ」
 無作法があったかと尋ねれば、今度は焦ったように声を跳ねさせる。
「そうなのか」
 頷きながら、なんとなくこの反応に納得する。一口に傭兵といっても、中には野盗崩れのような連中もいるだろう。そいつらのせいで、彼らのようなまともな傭兵たちが割りを食っているのは想像に難くない。


 それよりも、とエルザが気を取り直すように声を上げた。
「名前、ないと不便だよな。君のこと、なんて呼んだらいい?」
 言われて気づく。そういえば自分の名前が思い出せないんだった。
 とはいえ、特別呼んで欲しい名前もない。
「別に何でもいい。好きに呼んでくれ」
「え……何かないのか? パッと思いつくやつとか」
「ない」
 きっぱりと言うと、微妙な空気が流れた。
 
 ずし、と肩が急に重くなった。いつの間にかセイレンが腕を肩に回してきていたようだ。
 目が合ってウィンクを飛ばされる。彼女は仲間に振り返って、ニッと笑った。
「じゃあさ、みんなで考えようぜ! リリーなんてどうだ? 百合の花に埋もれてたしな」
「へえ、セイレンにしてはまともだな」
「へっへ~ん、あたしだっていつも酔っぱらってるわけじゃないんだぜ? じゃあ次、エルザ! お前もなんか言ってみろよ」
「え、俺? う~ん……アンジェリーナとか?」
「それは前の宿で飼われていた犬の名前だろうが」
 エルザの妙にファンシーなネーミングセンスにクォークが冷静に突っ込む。
「でも可愛いだろ? 女の子だし」
「やめとけ。こいつはどう見ても天使アンジェリーナってツラじゃない」
「じゃあクォークは?」
「そうだな……クロはどうだ? 服も黒いしな」
「ねーわ!」
 総ツッコミが飛ぶ。どうやらこのやり取りがこの傭兵団の通常運転らしい。とりあえず、クォークのセンスが壊滅的なことは理解した。
 
「――イシュタルは?」
 今まで出た候補の中ではリリーが一番マシだな……。
 そう思い始めていると、ふざけた空気を拭うように、ユーリスが気だるげに口を開いた。
「棺にもそう書かれてた」
 先ほども聞いた女神の名だ。自分には似つかわしくない気がしたが、反論するのも面倒になって頷いた。
「とりあえず、それでいい」
 決まりだな、とエルザが笑った。
「じゃあよろしく、イシュタル」
「よろしく」
 ――女神の名なんて、身に余るけど。
 胸の奥で小さくそう呟きながら、四人の顔を順に見回し、そっと頷いた。



 
 さて、と会話に一区切りつけ、狭い洞窟を進んでいく。
「にしても、歩きづらいなー。本当にこの道で合ってんのかよ?」
「風が湿ってる……。嫌な空気だ」
 セイレンのうんざりした声に、ユーリスの苦々しい言葉が重なる。
 足音と滴る水の音だけが響く。沈黙の中を進むと、やがて遠くで微かな水音が強くなり――視界の先に光が差した。

 外だ。
 だが、出口ではない。
「橋だ」
 エルザの声に頷く。
 一本道だ。進むしかない。
 断崖絶壁に掛かる橋の先は、さらに別の建物へと繋がっているようだ。橋の下を覗き込めば、はるか下方から轟くような水音。霧に包まれ、底は見えない。落ちれば、ひとたまりもないだろう。

 一行は慎重に橋を渡り始めた。
 ……空中に、白く儚なげなものがはらはらと舞っていた。陽光を受けて、きらきらと光を返す。
「おい見ろよ! まるで花びらが散っているみたいだな」
 幻想的な光景に、セイレンが目を輝かせて空を仰いだ。
 手のひらをそっと天に向けて差し出す。
「花びら、じゃないのか……」
 光のかけらが掌に触れた瞬間、ふっと崩れて消えた。
 花びらより、もっと儚い――まるで、誰かの記憶の欠片のように。
 
 その時。
「ん?」
 橋の中央に差しかかった瞬間、橋の終端に不穏な影が見えた。
「エルザ、前! 敵襲だ!」
 クォークの警告と同時に、眠りについていた死者が目覚めた。
「出やがったなぁ!」
 セイレンが好戦的に笑い、剣を構える。
 前方に数体、さらに離れた左右の橋の残骸には狙撃手が二体ずつ。
「あんなところにも!?」
「囲まれた。こいつら……知性があるのか」
 クォークが舌打ちし、奥の敵へと突撃していく。
「とどめは刺さなくてもいい! 谷底へ叩きおとせ!!」
「りょーかい! いくぞオラぁ!」
 セイレンが咆哮しながら突っ込んでいった。

 エルザは即座に状況を見極め、的確に指示を飛ばす。
「ユーリス! 魔法で吹き飛ばしてくれ!」
「了解、待ってて」
 冷静な返答とともに、少年の周囲に魔力が集まり、ふわりと体を浮かせた。詠唱を終えると、燃え上がる火球が向こう岸へと走り、狙撃手を足場ごと吹き飛ばす。
 右側はユーリスが片付けた。
 ならば左は――自分の出番だ。
 矢筒から矢を数本抜き、弓を構える。考えるより先に、体が自然と動いていた。

 ――腕試しには、ちょうどいい。

 狙いをつけ、一射。アンデッドの背骨を砕く。衝撃で一体が谷底へ消えた。二射目は弾かれたが、三射目は命中。流れるような早撃ち。
 手ごたえは悪くない。これならクォークも文句は言うまい。
「……意外とやるじゃん」
 ユーリスが目を瞬かせ、口の端を上げる。
 軽く息を吐きながら肩をすくめ、少年に倣ってぎこちなく笑い返した。
 が、ユーリスは例のごとくすぐにそっぽを向いてしまう。
 ……もしかして、私の笑顔が不気味なのか? なんてことを思いながら、あまり動かない表情筋を確かめるように顔に触れる。
 けれど手元に鏡もないこの状況では、自分がどんな顔をしているのか確かめる術はなかった。


 狙撃手は片付けたとはいえ、戦いはまだ終わっていない。
 橋の中央では、エルザたちが死闘を続けていた。陣形が崩れぬよう、クォークとセイレンが挟み撃ちを仕掛け、息の合った連携を見せている。
 彼らに合流して少し離れたところから弓を構えた、その時――エルザの右手から、青白い光が放たれた。
 チェーンのように、こちらへ伸びてくる。
 そして。
「え」
 みぞおちを掴まれたような衝撃。青い光が体を突き抜けた次の瞬間、全身から力が抜けた。
「な、なんだ……? 急に、力が……」
 混乱しながらも踏みとどまるが、体が思うように動かない。
 引き寄せの魔法……? いや、エルザに近いクォークたちは平気だ。なぜ自分だけ――。
「おいイシュタル、どうした!? 怪我したのか?」
「いや、違う。でも、なんでか……体が重くて」
 クォークの声に冷静に答えつつ、必死に状況を探る。
 幸い手は動く。剣に持ち替え、迫るアンデッドを受け流して鞘で足払いをけしかける。
 やがて、ぱちんと青い光が弾けた。
 とともに、体にのしかかっていた重力が解ける。

 気が付けば、橋の上の敵は全て落とされていた。
 体の状態を確認していると、エルザが血相を変えて駆け寄ってきた。
「大丈夫かイシュタル!?」
「あ、うん。もう大丈夫。……今の、何だったんだ?」
「もしかして、俺の”力”が――」
 エルザがそう言いかけた時、後衛にいたユーリスが鋭く叫んだ。
「エルザ、増援だ! 遠くから狙われている」
「マジかよ。そろそろ終わりにしてくれよな」
 セイレンが面倒そうにぼやく。

 その間にも、空気が再び張りつめていく。
 崖の上から新たな狙撃手たちがこちらを狙い、さらに数体のアンデッドが飛び降りてきた。橋の中央にいるエルザたちから、後衛のユーリスが孤立する。
「わっ、こっちに来てる! だれがこいつらを何とかして! じゃないと魔法が打てないよ!」
 遠距離攻撃を使う魔導士が敵にとっても厄介なのは同じだ。アンデッドたちが真っ先に狙いをつけたのはユーリスだ。
「ユーリス、すぐ行く! 少し耐えてくれ!」
 エルザが光を発動させながら叫ぶ。
 
「私が!」
 またあの光に囚われるのは御免だ。そう判断し、エルザより前に駆け出す。
 が、すぐに数体のアンデッドが行く手を阻んだ。
 舌打ちをして剣を構える。距離が近すぎる。弓は使えない。
 剣では一体が限界――それなら。
(……魔法)
 ――私にも、ユーリスみたいな魔法が使えたら。
 目の前の骨どもを一掃できるような、強力な力があれば。
 その願いが浮かんだ瞬間、脳裏に言葉が流れ込む。
 
 これは、詠唱……?
 
 考えるより早く、口が動いた。
「Ictus――」
 右手に、熱風とは違う重く濃い空気が集まる。
 パチッ、と火花。雷の気配。
「……Caeli Tonantis!」
 轟音とともに雷撃が放たれた。
 扇状に広がる閃光がアンデッドを貫き、そのまま谷底へと吹き飛ばす。
「ひゅ~っ、やるじゃねーか!」
 背後でセイレンが歓声を上げる。
 その声を背中で聞きながら、二体のアンデッドに一人短剣で善戦しているユーリスのもとに駆け付けた。
 
「待たせた! 無事?」
「なんとかね! そっち頼んだ!」
 短い応答に息を合わせ、頷く。
 一体を蹴り飛ばし、少年から敵の注意を逸らした。
 雷の余韻がまだ指先に残っていた。


 
 ようやくすべての敵を倒し終え、橋の向こうでエルザたちと合流する。
 先ほどの戦闘は、ちょうど良い肩慣らしだった。魔法が使えるとわかったのも、大きな収穫だ。
 スキルの感覚も少しは掴めた。あの雷の魔法以外にも、別の属性が使えそうな気がする。落ち着いた場所で集中すれば、思い出せるかもしれない。
 ――ユーリスが、見慣れない魔法だと怪訝そうにしていたが、それはそれとして。

「お前、魔法も使えるのか。弓の腕も中々だな」
 クォークが興味津々に声をかけてくるのは、想定の範囲内だった。
 どうやら及第点はもらえたらしい。初対面の警戒心はどこへやら、彼女への興味を隠せない様子のクォークに微かに小さく鼻を鳴らした。
「そう? この腕前なら、あんたたちの仲間に入れてもらえそう?」
「……仲間になりたいのか?」
「外に出てもアテがあればいいけど、多分なさそうだし」
 肩を竦める。なにせこちらは記憶喪失の身だ。人の良さそうな彼らに拾ってもらえれば、ひとまず衣食住には困らない。
 そんな下心をあけっぴろげに言ってみせると、クォークが露骨に顔をしかめた。
「なんだ、消極的選択というやつか」
「いや。なんだかんだ言ってお人よしそうなあんたたちに、うまく付け入ろうとしてるだけ」
 あけすけな物言いに、セイレンが吹き出した。
「言われてるぜクォーク〜」
 茶化され、クォークは渋い顔で咳払いをする。反論の余地はないようだ。
「……まあ、この後の活躍次第だな。優秀な人材なら歓迎する」



 束の間の休息を終え、一行は奇妙な印が刻まれた扉を押し開け、奥へと進む。
 薄暗い空間。足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。肺に溜まる空気が明らかに重い。濃い魔力の気配。
「ユーリス、なにか感じるか?」
 クォークが声を落とす。少年は身を震わせながら、険しい顔で「あぁ」と頷いた。
「それも……今までの比じゃない」

 階段を上り、奥の扉を抜けると、広大な空間が現れた。
 宮殿か神殿を思わせる荘厳な造り。並び立つ柱、磨き抜かれたタイルが足元を淡く反射する。
 ――その瞬間、ズシン、と足元を振動が打った。
 
「な、なんだ?」
 身構える間にも、振動は規則的に続き、やがて重い足音へと変わっていく。
 音の主が姿を現したとき、一行は思わず息を呑んだ。
「な、んだこいつ……!」

 柱の向こうから現れたのは、漆黒の巨人。
 全身を装甲のような外殻に覆われ、マグマのような赤黒い光の管が脈動している。
 顔にあたる部分は削ぎ落とされたように欠け、そこから不気味な光が漏れ出ていた。
 ――深淵を彷徨う怪物。その言葉が自然と脳裏に浮かぶ。
 
「こいつ、顔はどこにあるんだ……?」
「はっ! イシュタルちゃんってば案外余裕ねぇ。そういうの、嫌いじゃないぜ」
 セイレンが武者震いを押し殺しながらニヤリと笑う。

 だが、一人だけ青ざめた顔で後ずさる少年がいた。
「ダメだ……こんなの勝てっこないよ……!」
 目の前に現れた敵のあまりの禍々しい魔力に中てられ、ユーリスが真っ青な顔で茫然と呟く。
 その声が合図のように、巨人が動いた。背中に突き刺さる無数の剣のうち一本を抜き、ユーリスへと狙いを定める。
 
「――ユーリス!」
 エルザが即座に反応し、少年を突き飛ばした。
 直後、投げ放たれた剣が地面に突き刺さり、爆発が起こる。
 ……なるほど。あれに当たれば、無事では済まない。
 巨人の動きを観察しながら、冷静に分析する。幸い、動きは鈍重だ。避けるのは難しくない。
 
 床を転がったエルザは素早く立ち上がり、茫然と座り込むユーリスに手を差し出した。
「ユーリス、平気か?」
「あ、ああ」
 ハッとしたように少年の瞳に光が戻る。
「よし、援護は任せたからな!」
「分かってるよ」
 少年のむすっとした顔にエルザは苦笑して頷き、巨人と格闘している仲間のもとへと急いだ。


 エルザ達が苦戦しているのを尻目に、あの青い光を警戒し、彼らから距離を取って矢を番えた。
 巨人の動きを観察し、十分に狙いをつけてから矢を撃つものの、当たり所によってはまったく歯が立たない。この分じゃ近接組も分が悪いだろう。
「装甲が硬いな……良い的だと思ったんだけど」
「弱点を探せ! このままじゃジリ貧だ」
 クォークが攻撃を避けながら叫ぶ。
「弱点って言われてもね……」
 うめきながらも目を凝らす。
 こんな奇妙な生物の弱点なんてすぐに見つかるわけがない。
 ――その時、視線が頭部の断面に止まった。
 あの顔らしき部分の断面。他よりも柔らかそうに見える。狙えるかもしれない。
 
 狙いを定め、矢を放つ。
 命中。
 途端に巨人が苦悶の咆哮を上げ、頭を抱えて身悶える。
「弱点はあそこか!」
「よっしゃ! って、剣届かねぇよ!」
 喜んだのもつかの間、セイレンが尤もな突っ込みをいれる。
「ユーリス! それにイシュタル! 頼んだ!」
「分かった!」
「了解」
 矢が飛び、炎が踊った。


 その後、何度か弱点を突けたものの、しかし圧倒的な体力差で徐々にこちらが疲弊しだした。
 さらにアンデッドの増援まで呼ばれ、息をつく暇もない。
「くそ……キリがないな」
 エルザが肩で息をしながら苦しそうに呟く。敵の注意を引きつける役の彼が、一番限界に近い。
「こいつ……倒すのは無理かもね。怯ませて、隙を見て逃げたほうが良いんじゃ――」
「逃げるってどこにだよ!? 逃げられるんならとっくに逃げてる!」
 冷静に意見したつもりが、ユーリスが魔法を放ちながら若干切れ気味に反論してくる。魔力を消耗しすぎているせいか、顔は青ざめ、汗が滴っている。こちらも魔力の限界が近いのだろう。
 
「――そうか!」
 突然、クォークが声を上げた。
「エルザ! 奴を橋までおびき出せ! ユーリス、魔法で援護を! 狙いは足元だ!」
「橋? はっは~ん、そういうことか! あいつを谷底に突き落としちまえば良いんだな?」
「なるほど……了解!」
「わかった!」
 セイレンの言葉に、ユーリスとエルザがそれぞれ頷く。


「さあ、こっちだ!」
 エルザが光で誘導し、巨人を橋へと誘い出す。
 重みに耐えかねた橋が、軋みを上げてひび割れていく。
「おいエルザ! お前まで落ちんじゃねーぞ!」
「分かっているよセイレン!」
 巨体との間合いを測り――。
「今だ、ユーリス!」
「っ、やりたい放題やりやがって……くらえっ!」
 クォークの合図とともにユーリスが放った渾身の一撃は、見事に橋に命中した。
 崩壊の轟音とともに、巨人は谷底へと落ちていった。


「やっと終わった……」
 疲労困憊の様子で座り込んだユーリスが、喉から絞り出すような声を上げた。
「お疲れ。すごいんだな、君の魔法。橋ごと壊すなんて」
「べ、別に……これくらい普通だし」
 労いのつもりでかけた言葉に、返ってきたのは相変わらずつんけんした返事。
 扱いが難しい年頃だ。
 内心で肩を竦め、向こう岸に目を向ける。
「おーいエルザっ、無事か〜!?」
 セイレンの声かけに応えるように、崩れた橋の向こうで孤立したエルザが手を振っていた。
 
「――で、あれどうすんだ? 二手に別れちゃったけど」
 隣に立ったクォークにそう声をかけると、彼は案外落ち着いた様子で腕を組んだ。
「問題ない。あっちは来た道を戻れば海岸に繋がる洞窟に出る。問題は俺たちだな。出口を探さないと」
「当てはあるの?」
「ああ? そんなの、こっちが聞きたいくらいだ」
「はぁー……まだ街は遠いな。早く酒が飲みてぇ~! このままじゃ干からびちまう~」
「ほんっとダメな大人だな……」
 セイレンのぼやきに、ユーリスが呆れ声を漏らす。

 エルザが洞窟に消えていくのを見送り、クォークがひと息つくように空を仰いだ。
「――さあ、俺たちも出口を探すぞ」
  
 

2025/11/01改稿