第三話
新たな友人





 幸せな夢を見た。
 美しい星々の光が降り注ぐ広場で、みんなが輪になって楽しそうに踊っている。
 すべて見知った顔ばかりだった。お小言が多いけれどいつもナマエのことを一番に案じてくれる侍女、勉学には厳しいけれど実は甘いものには目がない家庭教師、いつも美味しい料理をつくってくれる料理長、初めて友達になってくれた城下町一番の仕立て屋の娘、話し相手になってくれていた若干さぼり癖のある兵士見習い。
 そして愛する家族。
 人々の輪の中心に、老いた父と姉夫婦がいた。生まれたばかりの甥を抱えて、穏やかに微笑んでいる。
 なんて美しい光景だろう。ここにはナマエの大切なものが詰まっている。
 輪の外に立ち尽くすナマエに父が気付いて、こちらに手招きした。ふらふらとした足取りで家族の元へ向かうと、聖母のような笑みを浮かべたエレノアが腕の中のイレブンを差し出してくる。ナマエは生まれたばかりの命を慎重に受け取って、腕の中の甥に微笑みかけた。
 まだ首も座っていない、小さな小さな尊い命。青く澄んだ美しい目が、ナマエをじっと見つめている。手の甲にしっかりと刻まれた勇者の証。
 悪しきものを倒すことを宿命づけられた子。この子の運命は、きっと過酷なものとなるだろう。
 ふいに涙が込み上げてきて、まぶたを伏せる。せめてこの子が一日でも長く安息の夜を過ごせますように。そんな思いを込めて、ナマエは静かに歌い出した。ユグノアに伝わる子守唄は、静かで穏やかで、少し物悲しい。
 いつしか、小さな勇者は夢の中。愛らしい寝顔を眺めて小さな額にキスを落とした、その時。
 背筋がぞっとするような、冷たい声色が響いた。
「見つけたぞ、悪魔の子」


 はっと目が覚めると、見慣れぬ天井が視界に広がっていた。
「……ゆめ」
 声が掠れていた。
 呟いてから、意識が現実に戻される。
 幸せから一転恐怖に突き落とされるような、そんな夢だった。
 なんて夢を見てしまったのだろう。最悪の目覚めとなってしまったことに気疲れし、ナマエは長い溜息を吐いた。
 ――すべて夢であれば良かったのに。本当はこれが長い夢の途中で、ナマエは今もユグノア城の自室でまどろんでいるだけ。誰かに起こされるのを待っているのだ。
 涙がじわりと眦に浮かぶ。
 しかし、感傷に浸る時間はなかった。
「失礼します、ナマエ様。お目覚めになりましたでしょうか。お体の具合はいかがですか?」
 衝立を隔ててそっと声をかけられ、ナマエは慌てて涙をぬぐって体を起こした。
「ええ、だいぶ良くなりました。少し寝すぎてしまったようですね。今は何時ごろでしょうか」
 問いに応えるように、衝立から一人のふくよかな婦人が現れ一礼した。どうやら昨日のシスターとは違う人物のようだ。穏やかで優しげな瞳がナマエを見つめている。その視線には一切の毒気はない。無意識に体に張った緊張の糸が少しだけ緩む。
「ちょうど昼時ですよ。お食事を用意しておりますが、いかがいたしますか?」
「ありがたくいただきます」
 ちょうど空腹を覚えていたナマエは、遠慮せずにその提案を受け入れた。
 用意された食事はいずれもナマエの体調を考慮されたもので、ありがたく思いながらも全てを平らげることはできなかった。食後に用意されたのは、昨日シスターが淹れてくれたものと同じ薬湯だ。ハーブがブレンドされているのか、独特な味ながらもどこかほっとする香りだった。
 カップを持ちながら、思わずうとうととしてしまう。あれだけ眠ったのに、まだ体は睡眠を欲しているらしい。
「もう、お休みになりますか?」
 声をかけられ、一瞬眠気が遠のく。
「いえ、陛下にご挨拶をしなければ……」
 言いながらも、やはりとろとろとした眠気に引きずられそうになる。これはいけないと気合を入れて体を起こそうとしたところ、押しとどめられた。
「無理に起きなくても大丈夫ですよ。陛下へのご挨拶は、体調が落ち着いてからでよいとのお達しが届いております。しばらくは、ゆっくり休まれると良いでしょう」
 穏やかな声色に安堵を覚え、ナマエはゆっくりと目を閉じた。


 目が覚めたのは、次の日の朝。
 結局、昨日は丸一日眠っていたようだ。すっきりとした目覚めを迎えたナマエは、ベッドから抜け出して窓辺へと寄った。
 思い切って窓を開け放つ。その音に驚いたのか、木々に止まっていた鳥たちがいっせいに飛び立っていった。若葉が朝露に濡れて光り、朝日がデルカダールの城下町を照らす。
 改めて、美しい街並だと思った。だが見慣れぬ街並に、心の内に灯るのは寂しさばかり。この寂しさは多分消すことはできないものだ。一生抱えて、ここで生きていくのだろう。
 扉をノックする音が響いた。
ナマエ様、起きていらっしゃいますか?」
「はい」
 返答を待って扉が開かれる。現れたのは、昨日と同じ婦人だった。
「おはようございます。よかった、お顔の色がだいぶ良いようですね。よろしければ、お支度をなさいますか?」
 婦人はナマエの表情を見てほっと微笑む。一日中寝てすっかり体力が回復したナマエは、彼女の提案に是非もなく頷いた。
 顔を洗い、髪を整え、シュミーズを脱いでドレスの着付けを手伝ってもらう。ドレスは既に何着かクローゼットの中に用意されていた。普段使いのリンネルの淡い色合いのもの、少し濃い色合いのもの、夜会用のもの、乗馬用のものまである。
 支度が終わると、テーブルに用意された朝食をいただく。その間、婦人がナマエの話し相手になってくれた。話を聞くうち、どうやら彼女はマルティナ姫付きの乳母だったらしいことが判明した。本人が非常に言いにくそうにしていたあたり、ナマエを気遣ってくれたことが分かる。ナマエは婦人の気遣いを無碍にしないように平静を装おうとしたが、あえなく失敗に終わった。
 ……もしかしたらクローゼットの中の衣服も全て、数年後のマルティナ姫用にと用意されていたものかもしれない。
「本日、陛下は朝のご公務が終われば、昼餉まで特に予定はないそうです。もしご挨拶をされるのなら、その時がよいと思うのですがいかがいたしますか? もちろん、ナマエ様のご気分次第ですが」
 すっかり食事の手が止まってしまったナマエを気遣って、婦人が努めて穏やかな声色で提案する。少し困ったように笑う婦人に申し訳なく思いながら、ナマエは頷いた。
 
 デルカダール王への挨拶は、非常に事務的なもので終わった。
 挨拶の間、王はナマエにまるで興味を示さず、最後まで視線は一切こちらに向くことはなかった。
「そなたは我が盟友ロウが遺せし唯一の子。我が国で不自由なく過ごせるように計らうことを約束しよう。ゆるりと過ごされるがよい、エレノア姫」
「そ……」 
 それは姉の名前だ。喉まで出掛かった言葉を、ナマエは思わず飲み込んだ。
 デルカダール王はユグノアの事件以来、本当に人が変わってしまったようだ。その人となりを詳しく知っているわけではないが、四大国会議で父や義兄と楽しげに会話していた姿ははっきりと覚えている。マルティナ姫に朗らかに笑いかける王の姿は、顔は怖いが優しい方なのだと思っていたのに。
 今のデルカダール王は、近づくのすら恐ろしい。
「……どうした?」
 茫然と立ち尽くすナマエの様子に気付いて、デルカダール王が不審げに声をかける。慌てて彼女は退出のためのお辞儀をした。
「いえ、なんでもございません。お忙しい中、お時間をいただきありがとうございました」
 下がってよし、と告げられ、ナマエは力なく肩を落として部屋を下がった。

 扉の前で待機していたマルティナ付きの乳母だった婦人が、憔悴した様子のナマエに気付いて慌てたように部屋へと連れ戻した。
 婦人に心配をかけてしまったことに申し訳なく思いながら、用意されたお茶に口をつける。あたたかなそれにほっとする。
 ナマエが少し落ち着いたころを見計らって、婦人がそっと切り出した。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、ナマエ様付きの侍女をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
 どうやら侍女が決まったらしい。頷くと、婦人は一旦部屋を下がっていき、後ろに少女を引き連れてすぐに戻ってきた。
「ご紹介します、こちらは……ちょっとお待ちなさいアリサ!」
 ぺこりと頭を下げてから入室してきた少女は、歳はナマエと同じくらいだろうか。ナマエを認めて、婦人の紹介を待ち切れずに顔を輝かせてこちらに歩み寄ってきた。
「はじめまして、アリサです。お姫様をお世話できるなんて夢みたいです!」
 アリサと名乗った少女は目をキラキラさせながら、ナマエの手を取る。熱烈な挨拶にナマエは目をぱちぱちとさせた。なんの邪気もない笑顔がとても眩しいが、婦人が後ろで額を抑えていて少し哀れに思った。
「しっかりお世話させていただくので、よろしくお願いしますね! 姫様」
 宮廷人の間では不作法だとされている歯を見せて笑う行為にすら頓着せず、明るい笑顔を向けてくるアリサ。ナマエはしばらくぽかんとしていたが、次第にくすぐったくなって「ふふっ」と笑みをこぼした。
「こちらこそよろしくお願いいたします、アリサ」
 青くなった婦人がアリサの不作法を詫び、人員の交代を申し出てきたが、それは謹んで辞退した。アリサの明るく朗らかな人柄が、ともすれば暗くなりがちの今のナマエには救いに見えたからだ。
 アリサは田舎から出てきたばかりの純朴な少女だった。行儀作法の面では怪しいが、しかし彼女の素直で明るい性格は好ましく思う。聞くところによると、一か月前に宮仕えを始めたばかりだという。昨日まではメイド見習いだったのに、いきなり執事長に侍女になるよう命じられたらしい。侍女は城で下働きをするものたちにとって花形職だ。侍女に任命されて喜ぶのも無理はない。ナマエの複雑な事情をあまりよく理解していないためだろう。純粋に喜んでいる彼女を見ると少し複雑な気持ちになる。いずれアリサも、ナマエのことを厭う日がやってくるかもしれない。
 そこに、ノックの音が鳴って来客を知らせた。
 対応に向かった婦人が戻ってきて、来訪客の名を告げる。
ナマエ様、グレイグ様とホメロス様がお目通りを希望されております。お通ししますか?」
「お通ししてください」
 そう告げると、婦人が扉をあけ来訪者の入室を促す。騎士二人は扉の手前で一礼し、顔を上げる。
「わ、かっこいい……」
 アリサが二人を見て、無邪気に頬を染め呟いた。


 ホメロスは頭を抱えていた。
 ナマエにもう関わることはないだろう、との先日の彼の目論見はすっかり外れた。
 その日一日非番だったホメロスは日課のトレーニングを終え、汗を流して自室へ戻ったところ、不幸なことにグレイグの来襲に遭ってしまった。
 いわく、ナマエに先日の事を詫びたいので一緒についてきてほしい、らしい。二十歳を過ぎた大男に委縮されながら言われた言葉に、ホメロスは目眩を覚えた。「オレはお前の保護者じゃないんだぞ」と青筋を立てながら怒鳴ったホメロスはきっと悪くない。それでも、まるで子犬のようにしょぼくれながら、「俺は口下手だからフォローのうまいお前がいれば心強いと思ったんだ」とこぼされれば、なんだかんだいって面倒見の良いホメロスは黙って着いていくしか選択肢がない。
 ちなみに先日は朝まで酒の席でマルティナ姫のことを嘆くグレイグを慰めるという重労働をこなした。ホメロスは当然翌日仕事だったが、グレイグたち遠征組は遠征での疲れを癒すようにと二日間の休日が与えられていた。若干不公平である。
 左翼棟の貴賓室エリアへと向かいながら、隣を歩むグレイグを窺う。顔がこわばっていて、見るからに緊張している。どん、と肘でグレイグの小脇をつつくと、びくっと面白いほどに飛び上がった。
「うおっ、な、なんだ」
「顔が怖いぞ」
 姫が怖がるから気を付けろ、という意味をこめて、己の頬をとんとんと指し示す。グレイグがはっとして、慌てて自分の頬をもみほぐした。
 そうこうしているうち、目的地へとたどり着いてしまった。扉の前に立った途端に深呼吸をし始めたグレイグを無視し、ホメロスは容赦なく来訪を告げた。隣でグレイグが咽ている。
 来客の対応にあたったのは意外な人物だった。マルティナ姫の乳母はホメロスやグレイグにとっても顔なじみだ。目通しを許され、扉が開くと部屋の奥にナマエが背筋をぴんと伸ばして立っていた。顔色が良いところを見ると、体調は回復したらしい。レモンイエロー色のモスリンドレスが彼女によく似合っていた。やはり身なりを整えると一国の姫らしく見える。
「グレイグ様、ホメロス様、ごきげんよう。ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご用件で?」
 ナマエが二人を認めて微笑むと、隣のグレイグが目に見えて肩を強張らせた。
「そ、その、ナマエ様と少しお話がしたく……」
「そうでしたか。わざわざお二人で訪ねてくださりうれしいです。どうぞこちらのお席へ」
「あっ、いや、俺はここで……」
 当たり前のように勧められた席を断ろうとしたグレイグを遮るように、ぽん、と無言でその背中を押す。グレイグはもの言いたげにその犯人を振り返ったが、思い切って一歩を踏み出してしまえば、あとは腹を括ったようだった。
「アリサ。早速ですが、お茶をお願いできますか?」
 ナマエは二人が着席するのを待って、後ろに控えていた少女へと声をかけた。見かけぬメイドがいると思ったら、どうやら新任の侍女らしい。
「あっ、はい! ……あ、あの、お茶ってどう淹れるんですか?」
 元気の良い返事の後に、ひそひそと小声で隣の婦人に尋ねる侍女の声が漏れ聞こえる。なるほど、面倒を避けるためにド新人を押し付けられたか、とホメロスは多少同情しながらナマエを見た。しかし当の本人は口元を緩めて、新米侍女とベテラン乳母の会話に耳を傾けている。
 どうやら楽しんでいるらしい。少し、意外だった。
「あなたには後で色々と仕込む手筈でしたが仕方がありません、実践で覚えてもらいましょう。こちらにいらっしゃいアリサ」
「はいはーい」
「はい、は一回で結構。……まったく、あなたは教え甲斐がありそうですね」
 婦人は米神を抑えながら、新人侍女を引き連れて仕切り戸の奥へと消えた。
 何気なくその二人の背を目線で追っていたホメロスは、ふとナマエの視線も同じ方を向いていることに気付いた。ホメロスの視線に気がついたナマエは、いたずらが見つかった少女のように頬を染めてはにかんでみせる。
 ホメロスの胸の奥を、なにかがくすぐった。一瞬、表情を作ることを忘れて真顔になる。
 が、隣に座る大男の存在を思いだし、すぐに我に返った。グレイグは先ほど椅子に座ったままの態勢で、そわそわと落ち着かない様子を見せている。やはり自分からは切り出し辛いらしい。
 まったく仕方ない男だ。こっそり溜息をついてから、ホメロスは表情を取り繕って口を開いた。
ナマエ様、お元気になられたようでなによりです。今日はだいぶ顔色が良いようだ」
「はい、これも全てみなさまのおかげです。今日はお二人で私の様子を見に来てくださったのですか? ちょうどよかった、私もお二人に改めてお礼をお伝えしたかったところでした」
 本当に、のんびり茶をするだけなら良かったのだが。上機嫌に笑うナマエに申し訳なく思いながら、ホメロスは肩を竦めた。
「まあそれもありますが、こいつがね……」
 ちら、と視線を隣に寄越す。その時には既に、グレイグは床の上で大きな体を折り曲げて頭を勢いよく下げていた。
ナマエ様、先日は誠に申し訳ございませんでした!」
「ぐ、グレイグ様!?」
 いきなり見事なサマディー風土下座を決めたグレイグに、ナマエは目を白黒させて席を立ちあがった。だがどうしたらよいのか分からないのか、おろおろとその場で立ち尽くす。
 奥からティーセットを乗せたワゴンを押して戻ってきた新米侍女が、この謎の状況に「わっ、なにっ?」と混乱している。なんだかもう、めちゃくちゃだ。
「あの場では取り乱していたとはいえ、ご婦人の衣服をめくりあげ、ましてや素肌を覗きみるなどという無礼な振る舞い、騎士として到底許される行為ではありません……! 皆の目がある中でナマエ様に辱めを与えてしまったのは、ひとえに私の不徳の致すところです! つきましてはこのグレイグ、いかような罰も甘んじて受ける所存です! ナマエ様、どうか気が済むまで処罰をお与えください!」
「お、お止めくださいグレイグ様! 私は全く気にしておりませんから、誉れある騎士様が軽々しく頭をおさげにならないでください!」
 青くなったナマエがなんとか宥めすかそうとするも、グレイグは頑なに顔を上げない。助けを求めるように視線をさまよわせたナマエは、そこで俯いて肩を震わせるホメロスに気付いて、悲痛な声を上げた。
「ホメロス様も笑っていないでグレイグ様にお止めくださるよう言ってください!」
「残念ですが今のこいつに何言ったって聞きはしませんよ。気の済むまで謝られてやってください」
「そんな……」
 頼みの綱のホメロスは傍観を決め込んでいる。途方に暮れたナマエはグレイグを見下ろし、そして腹を括ったようだった。
「グレイグ様、どうぞお顔をあげてください」
 ナマエはグレイグの前にしゃがみ込み、床に付く彼の両手にそっと手を添えた。ぴく、とグレイグが微動する。
「グレイグ様が誠実なお方であることは十分承知しております。あれが私を心配してくださったための行為であることも。私は決してあなたの行為を責めたりはしません。自らの行為を顧みて、反省される心意気はとても立派で尊いものです。しかし国王陛下の誉れ高き騎士であるあなたをこれ以上床に這わせたままとあっては、不必要な辱めをグレイグ様に与えたと逆に私が陛下から叱られてしまいます。どうか私のために、顔を上げていただけませんか?」
ナマエ様、しかし……」
 耳触りは柔らかだが言外に有無を言わせぬ空気を感じ、グレイグの頑なだった態度が綻びを見せる。おそるおそるといった体で顔をあげたグレイグに、ナマエは笑いかけた。
「グレイグ様、もしどうしてもご自身を許せないと言うのなら、罰としてこれからもこうして私と一緒にお茶を共にしていただけませんか? もちろん、お時間がある時でいいですから」
 よろしければホメロス様もご一緒に、とナマエが顔をあげて彼を見る。そこで自分の名が出てくるとは思わなかったホメロスは不意を突かれてぱちりと瞬いた後、ふっと口元を緩めた。なるほど元王族らしく、この姫は周りを気遣うのが得意らしい。受け答えはまあ妥当といったところだが、グレイグに臆せず物申せるところは好印象だ。
「光栄です、ナマエ様」
 内心でそんな評価を下しつつ、ホメロスはナマエにそつなく微笑んでみせた。