第十四話
千一夜のおとぎの国・前篇





 ――深い闇の中を漂っていた。
 頭からすっぽりと全身を包む闇はとても心地が良い。父なる原初の闇だ。生命がこの宙に生まれる以前の、すべてが闇に覆われた世界。
 闇は安寧だった。なにものをも拒絶せず、全てを受け入れ、どこまでも続く奈落の底に沈みゆく。
 こぽり、こぽりと静寂を優しく揺らす水泡の音が心地よい。
 ただひたすら胎児のように体を丸めて、そこに漂って安寧を貪っていた。

 ふいに、その安寧を邪魔するものがあった。足首にもぞもぞとした奇妙な感覚があり、億劫になりながらも微睡んでいた目をうっすらと開け、その奇妙なものの正体を見る。
 己の足首を掴むように、何かが足元に引っかかっていた。
 手だ。人間の手。なにか強力な力によって引き千切られたように、手首から前腕へと続くはずの肉がない。ただ、五指が残る手だけがそこにあった。
 どす黒い血に染まったグローブに覆われたそれには、ひしゃげた籠手の一部がぶらりと今にも落ちそうな状態でくっついている。高熱に燻られたか、ほぼ黒く変色した籠手の色は、かろうじて残っていた無事な部分から判別するに恐らくは、白銀。その意匠に確かに見覚えがあるはずだが、どこで見たのかが思い出せない。
 あれは、誰の手だった?
 わからない。人間ならば数多く殺した。己の歩みを邪魔するもの、主君の命のもと斬ったもの。彼の王に忠誠を誓ってより、数え切れぬほどの人の命を屠った。あれもきっと己が足蹴にし、不要なものと切り捨てたもののうちのひとりだ。

 意識は次第に覚醒し、微睡みは霧のように霧散した。
 胎児のように丸めていた体を伸ばし、いまだ足元に転がる手首を拾い上げようと手を伸ばす。
 伸ばした己の手が視界に入り、その異様さに目を見開く。それはもはや人間のものではなかった。
 鋼鉄をも切り裂く鋭い黒爪。ざらついた灰青色の肌。前腕を覆う深い毛皮。
 ――これは、なんだ。
 確かめるように両の手を目の前にかざす。てのひらを握っては、開いてみた。爪が肉に食い込む鈍い痛みが走る。自分の意思通り動くそれは間違いなく己の手だった。前腕から上腕にかけてを、隆々としたしなやかな筋肉が覆っている。己の下半身を確かめると、同様に強靭な筋肉が下肢を覆っていた。浮き上がった太い血管が張り詰めた筋肉の上を幾筋も走っており、脛を覆う毛皮からは鋭い棘のようなものが顔をのぞかせている。友にも劣らぬ、大木のような巨躯だ。
 さらに、頭皮の左右両側に違和感を覚えて確かめるように手を伸ばすと、指先が硬質な感覚を捉えた。木の幹のような、ざらりとした質感の異様なものが頭皮から”生えて”いる。
 これは、角か。
 正体に気付いた途端、愕然とする。
 軍神のような肉体を持つ友のことを今まで幾度も羨んだ。生来の体格差によるものか、いくら鍛錬を重ねれど決して友の持つような力を手に入れることが叶わなかった。今までは。
 だが今、あれほど渇望した強靭な肉体を、自分は手にしている。
 しかしこれは。これではまるで。
 ――獣だ。
 自覚した途端、くつくつと煮えたぎる高揚感が腹の底から沸いてくる。心臓のあたりが燃えるように熱い。熱くて熱くてたまらない。全身の血が沸騰しそうだ。たまらず胸のあたりを掻きむしると、硬質な何かが爪にあたった。その違和感に胸元を見下ろすと、まるで心臓の代わりとでも言いたげに、隆々とした大胸筋の谷間にシルバーオーブが半分沈んでいた。
 かつて、勇者一行の旅の導となったオーブのひとつ。それが己の高揚する感情に連動するように、硬質な球体の中で禍々しい光を忙しく明滅させている。
 暗く静かな深海から一気に海面に浮上するように、感情が沸点を突破し、そして。
「ッ、オオオォォーーッ!!」
 吼えた。
 オーブが、カッと閃光する。
 己を覆っていた闇が突如風船が破裂するように割れ、目の前に世界が広がった。
 母なるロトゼタシアの大空。美しい蒼穹が広がっていた空はもはや跡形もなく、今や永遠の闇が君臨し暗雲が世界を覆っている。
 背に生えた黒き翼に違和感を覚えることもなく、大空を駈った。風を切り、自由に空を旋回し、どこまでも続く闇の世界に気分は高揚した。遥かな高みから見下ろす地上に、狂暴化した魔物に襲われ逃げ戸惑う人間の姿を見つけては、まるで虫でも追い払うかのように戯れに闇の炎を打ち込んで、魔物ごと人間を上空から焼き尽くした。
 わずかな力を振るうだけで、呆気なくひとは死ぬ。圧倒的な己の力に、ぞくぞくと背筋に快感が駆け抜けた。
「ハハ……、ァハハハハハァッ!!」
 己はまごうことなき獣だった。
 湧き上がる昂揚感。長らく覚えることのなかった万能感。なんて素晴らしい夢なのだろう。
 これであいつに勝てる。
 あいつはどこだ。
 闇が覆う空を駆けるうち、見覚えのある城のシルエットが視界に入った。常世の闇にぽっかりと浮かびあがるは愛しき我がデルカダール城。城下町の建物の窓から零れる無数の灯りが、まるで星の煌めきのように迫りくる闇夜を寄せ付けないでいる。突如として世界を覆った闇に怯えながらも、あの灯りのもとに人々が身を寄せ合っているのだろう。
 あれは人々の希望の火だ。風が吹けば消えてしまいそうな最後の希望。
 鬱陶しい。そんな脆い希望は、この力で消し去ってやる。そして、この力を見せつけてやるのだ。
 いったい誰に? あいつだ。あいつに一番に見せつけてやる。
「――グレイグウゥッ!!」
 デルカダールの城下町を見下ろしながら、声帯を激しく震わせ、吼える。雷光のように空気がびりびりと振動した。まるで獣の咆哮だ。
「どこだ……どこにいる! ははっ……早く来ないとお前の大事なものを全て壊してしまうぞ!」
 溢れ出る絶大な闇の力を両の手に集約させ、次々と無造作に地上へと放った。運悪く流れ弾に当たった建物は爆発音を響かせながら崩壊し、城壁内にもうもうと黒煙が立ちこめる。人々の悲鳴が響いた。阿鼻叫喚。構わず魔法を打ち込み続ける。まるでこの国の思い出ごと消し去るがごとく。無尽蔵に湧いてくる憎悪の塊をぶちまける。
 かつては、生まれ育った大事な国だった。由緒正しき貴族の長子として生まれ、しかし呆気なく没落し散々な辛酸を舐め、そして王の慈悲に生かされた。王の寵愛にやっかみ、足元を掬おうとしてくるやつなどごまんといた。そんな小物は正直どうでもいい。許せないのは、己を無視してあの男ばかりもてはやす愚か者たちの存在だ。
 ――なによりも、将来も共にあると誓い合ったはずの友に背を向け、そんな愚か者たちを体を張って守ろうとするあの男こそ最も愚かしい存在だ。
 もはやこの国に未練などない。
 唯一、あいつを除いては。
「はは、ははは! グレイグ、どこだ! オレを見ろグレイグ、この力があればお前なぞひと捻りだ! 出てこい、出てこいグレイグ!」
 あいつの愛した第二の故郷。その故郷の危機を知れば、あいつは必ず駆けつけるだろう。のこのこと目の前に現れたら、まず手始めに一発ぶん殴ってやる。
 だが、いつまでたってもあいつは姿を現さない。
 グレイグ、どこだ。早く来い。全て壊してしまうぞ。グレイグ、ぐれいぐ、
「――オレを無視するなァアッ!!」
 


 パチン。
 水泡がはじけるような音がして、夢から醒める。
 気がつけば、ホメロスは半壊した玉座の間に立ち尽くしていた。
 すっかり様変わりしてしまっているが、ここはデルカダール城の玉座の間だ。天井が崩れて、おぼろげな月の光が足元を照らしている。
「オレは、なぜここに……」
 何が起きたのかと狼狽えて辺りを見回すと、ぱん、ぱん、ぱん、と空気を叩くような音が規則的に響いた。はじかれるように音の方を振り向くと、朱く染まる月を背に、忠誠を誓った王が悠々と玉座に君臨していた。勇者の力を得て、大樹の命を全て吸いつくした王の容貌は、今や魔王の名にふさわしい。
「ウルノーガさま」
「ホメロスよ、まこと素晴らしい働きだった。褒めてつかわそう」
 未だぼんやりとしながら主君の名を呼ぶと、魔王は邪悪に笑んで生まれ変わった己のしもべを褒めたたえた。
 ホメロスは茫然としながら、己の手を見下ろした。鋭い爪、灰青色の肌、深い毛皮に覆われた前腕。全てが夢の中の自分とそっくりだった。
 瓦礫の散乱する広間を見回すと、デルカダール兵の亡骸がそこいらに転がっている。
「これは、オレがやったのか……」
「そうだ。お前は我が軍を率い、この国で破壊と殺掠の限りを尽くした」
 では、先ほどまで見ていたものは夢ではなかったのか。
 あれは現実だ。自分が、この国を壊した。
「人間臭いごちゃごちゃとした喧しい国であったが、おかげで随分とすっきりとした。静寂に包まれ、今はなんと美しい国であるか。のう、そう思わぬか?」
 ウルノーガは上機嫌に己の僕へと賛同を求める。硬直したままだったホメロスは、すぐには答えることが出来なかった。
 魔王はそんな彼の戸惑いを読み取り、面白いものを見つけたかのようにくつりと笑った。
「自分の手で己の国を滅ぼした気分はどうだ? さぞ心地が良かろう。才能あるお前を鬱屈させた国だ。これはこの国がお前を軽んじた罪への罰だ、そう惜しむこともあるまい」
 元より魔王にとってこの国は、取るに足らぬもののひとつだ。ホメロスの感傷をまるでつまらないもののようにばっさりと切り捨てたウルノーガは、闇の力によって禍々しく変異したかつての伝説の剣を床に突き刺し、ゆったりとした動きで立ち上がった。
 天をも覆い隠さんばかりの巨躯。鋼鉄のような肉体。その奈落を映す目でひと睨みすれば、たちまち生けるものの心臓すら凍りつかせるだろう。変異した今のホメロスでさえひと飲みされるほどの凶悪な魔力が彼の王の周りを渦巻いている。見下ろされるその圧倒的な威圧感に、ホメロスは自然、自らの君主に跪いて敬意を表した。
「ホメロスよ、改めて命じよう。お前に我が軍の総司令を任ずる」
 下った命に、ホメロスは息を飲む。自分を重用してくれる主君に敬愛の念を覚え、高揚感に武者震いした。
「……私で、よろしいので?」
「軍の指揮を任せられるのは、むしろお前以外にいるまい」
 なにせ統率の取れた人間の軍隊とは違い、その性質からか魔物は集団行動を苦手とするものは多い。だが長年軍を率い、更に魔王の手足となって暗躍してきたホメロスならば、彼ら魔物達をうまく纏められるとウルノーガは踏んだのだろう。事実、ホメロスには魔王軍の司令を務められる自信があった。
「良いかホメロス、お前に命ずることはただひとつ。この世界のどこかに隠れている勇者を見つけ、我の前に連れてくることだ。忌々しいことに、勇者一行はまだ生きている。大樹が落ちる時、勇者の仲間が小細工を弄してあの小僧らを各地に飛ばしよったからな。まあ、そのものは力尽きて死んだようだが。……良いな、草の根を掻き分けてでもあの小僧を探し出せ。そして必ずや我の前に連れて来い。今度こそ、我が直々に引導を渡してやる」
 魔王は決して自らの勝利を疑わない。それが決定事項であるかのように宣言し、ウルノーガはおもむろに片手をあげ、天を受け止めるように手のひらを広げた。世界に破滅をもたらすその凶悪な手の上に、濃い魔力が集約する。次第に集められた闇の魔力が凝縮し、とあるものを形作った。
 ウルノーガの魔力によって生み出された、強い力を宿した魔導杖。一振りすれば、たちまち大地は割れ海に嵐を呼ぶであろう危険な代物だ。
「受け取れ、魔軍司令ホメロスよ」
 魔王はその強力な武器を、目の前のしもべに惜しみなく与える。
「お前の働きに期待しているぞ」



 ホメロスに重大な命を下したウルノーガは、天空に浮かぶ城へと去った。半壊し、風通しの良くなった玉座の間から覗く夜空に浮かぶのは、命の大樹ではなく不気味な天空魔城。魔王の居城にふさわしい禍々しさだ。
 聞けば、あれはウルノーガの魔力から作られたものだという。あの巨大な構造物がすべて魔王の力で形作られているのだとしたら、かの王の魔力はまさしく底なしだ。
 それをホメロスに語ってみせたのは、玉座の間の外に控えていたウルノーガの配下のひとりだった。名をガリンガ。魔物のなかでも高い知性を持つ彼は、青い血を持ついわゆる魔族という特別な種族だ。
 ホメロスはガリンガを連れ立って城下町へと降りた。自らの目で故郷の惨状を確かめたかったからだ。黒煙の立ち上る街中は破壊の限りを尽くされ、その大半が瓦礫に埋もれている。無数の骸が地面に横たわり、あたりには焦げ臭い匂いと血生臭さが垂れ込めていた。
 襲撃に参加していたと思しき魔物達が、する事がないのかどこか手持ち無沙汰な様子で人間の首を蹴り転がして遊んでいる。どこかで見たことのある顔だった。確かあれは、いつも広場に陣取っていた露店の店主だったか……。
「人間たちはあらかた殲滅した。だがしぶとく逃げ延びた軍の一部が、街の人間を連れて城外へと逃亡した。今、部下を向かわせ奴らの行方を追跡しているが、中々発見には至らないようだ」
 自らの手で破壊した街の惨状をぼんやりと眺めるホメロスに、ガリンガは現在の状況を報告する。
 生来プライドの高いガリンガは、ホメロスが魔王軍の総司令に任じられたのを知ってなお態度を改めない。ホメロスもまたガリンガを実力者として認めているため、それを咎めることはしなかった。
「……城の地下牢に囚われていたもの達はどうした。やつらと一緒に逃げ出したか?」
「ああ、そのようだ」
「ならば城から街道をまっすぐ南下しろ。狭い渓谷をぬけた山中に、イシの村という孤立した集落がある。牢に閉じ込めていた連中がそこの村の出身だ。やつらが目指すとすれば、おそらくそこだろう」
 ホメロスが捕らえ、グレイグの慈悲によって生かされた勇者を育てた村の人間たち。渓谷に守られた彼らの村は四方を山に囲まれ、侵入口は一つというまさしく自然の要塞で、籠城するにはもってこいの場所だ。
 ホメロスの言葉にガリンガは迷うことなく頷き、部下を呼んで指示を飛ばした。
 それを横目で見ながら、ホメロスはやはりどこか心ここにあらずな様子で戦場に立っていた。
 ふと、ウルノーガより下賜された魔導杖を握る己の手に視線をやる。まだ、この灰青色の肌の異様さに慣れなかった。まるで血の気がなく、この肌の下におよそ生きた血が通っているとは思えない。
「……ガリンガ、ひとつ、聞いても良いか」
「なんだ」
「オレはなぜ、このような姿になっている」
 ユグノアが滅び、それから十六年の時を隔てて、ようやく勇者が魔王の前に現れた。一度は捕えたものの、逃亡した勇者を追うのは中々骨が折れた。途中で作戦を変更し、彼らをわざと泳がせオーブを回収させ、勇者が命の大樹まで導いてくれるのを待った。
 あとは目論見通り、大樹にたどり着いた勇者一行を背後から襲えば、油断しきっていたのかあっさりと彼らは膝をついた。
 そしてウルノーガは勇者の力を手に入れ、生命力を吸いつくされた大樹は地に堕ちた。
 その、命の大樹が落ちた時からの記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。一体自分の身に何が起きてこうなってしまったのか。
「……何も覚えていないのか」
 問いかけに対してガリンガが口を開くまで、若干躊躇するような僅かな間があった。一体何をためらったのか。が、昏い血色の瞳からは彼の感情までは読み取れない。
 ガリンガの答えを待たずとも、きっと頭の片隅では理解していた。自分の身に何が起きたのかを。
 胸の中央に収まるオーブ。本来熱を持たぬはずのその硬質なガラスの内側から、どくどくと脈打つような感覚が伝わってくる。これはまさしく、今のホメロスにとっては心臓の代わりだ。
 つまり、産まれた時よりホメロスの体に血を運んでいた本来の心臓は、すでに失われたかその役割を果たしてない。きっとおそらく、"そういう"ことなのだろう。
「お前の肉体は大樹が落ちた時、ウルノーガ様の暴走する魔力を受け止めきれず、一度死んだ。ゆえにそのオーブを核とし、魔物の血肉を贄に、魔王様がお前を生き返らせてやったのだ。お前の散らばった肉片を集めるのはひと苦労だった」
 嫌な予感は的中するもの。やはり、人間としてのホメロスはすでに死んでいたのだ。今の自分は完全なる魔物だ。
「ウルノーガ様に感謝するんだな。貴重なオーブのひとつを与えてまでもお前を蘇らせ、力も地位も与えてくださった」
「……なるほど、オレはもう人間ですらなかったのか」
 乾いた声が、どこか他人事のようにそう呟いた。
 人間としてのホメロスが失われた後、果たしてそこに何が残っているのか。きっと碌なものではない。山のように膨れ上がった自尊心、あの男への執念と拗らせすぎた劣等感、……あとはナマエへの執着だけだ。
 その後は夢に見た通りだ。蘇ったホメロスは魔力を暴走させ、魔王の命じるままデルカダールを壊滅させた。生まれ育った国に、多少は愛着もあったはずだ。だが一切のためらいもなく破壊衝動のままに己はこの国を破壊した。
 なにもかもが変わった。変わりすぎた。あまりの変容に、これが現実の出来事であるとは到底思えなかった。これは夢の続きであると言われた方が、よほど信憑性がある。
 感傷は、浮かんでこなかった。故郷の惨状に心はぴくりとも動かない。悲しいとも、嬉しいとも。もとより、それが闇の生き物の性なのだろうか。ナマエを遠ざけた時から、彼の中の人間らしい感情は徐々に死につつあった。
「……これが新しいオレか」
 床に散らばった鏡の破片が、月の光に反射してチラチラと視界の邪魔をする。足元を見下ろすようにその破片を覗き込むと、自分ではないものがこちらを見返していた。冷たい月の光を吸った銀髪、凶暴な赤い目をした魔物。
 これではまるで、童話に出てくる邪悪な生き物のようではないか。
「醜いな」
 圧倒的な力を手に入れたとはいえ、見た目を重視するホメロスにとってこの姿は及第点にはまったく及ばない。己の姿を忌むようにそう呟けば、隣にいたガリンガが異議を唱えた。
「なにを言う。お前以上に完璧な美を誇る魔物はそういるまい」
「お前達の美的感覚はわからんな」
 苦笑したホメロスはガリンガの力説を軽くあしらい、再び破壊された街を逍遥した。
 一時的にとはいえ、闇の支配を許してしまった。自我を失ったホメロスは魔王の命を忠実に遂行し故郷を破壊した。そこにホメロスの意思など介在しない。
 ――まるで操り人形だな。
 裏通りの角を曲がると、道化の恰好をした男が瓦礫に上体を預けうなだれるようにして死んでいた。デルカダールを訪れていた巡行サーカス団の一員だろう。
 ぼろぼろに破れて血に染まった派手で奇抜な道化師の服が、この町の惨状から奇妙に浮いて見えた。
 ……きっと、今の自分はこの道化の恰好がふさわしい。
 ホメロスはウルノーガより授けられた魔道杖をひと振りし、オーブから供給される魔力を抑え、肉体を人間だったころの姿かたちへと変えた。体格や相貌など、以前と変わらぬままのホメロスがガリンガの前に現れる。だが魔物じみた青白い肌と赤い瞳だけは誤魔化せない。小麦の穂のようだった黄金色の髪も、今や月光に映えるプラチナブロンドに輝いている。
「なぜ、わざわざ醜い人間の姿に戻る」
 ホメロスの変貌に、ガリンガが不可解そうに顔をゆがめる。
 それには応えず、ホメロスは杖をもうひと振りした。
 故郷は滅んだ。デルカダールの智将ホメロスも、もはやいない。友と揃いであつらえた白銀の鎧はこの身には相応しくない。ならば、と魔力から紡ぎ出したのは赤と黒の派手な衣装。それを身に纏うと、まるで舞台役者にでもなったかのような気分になった。
「似合うか?」
「ふん、まるで滑稽な道化のようだな」
 ガリンガの苦言に、ホメロスは芝居がかった仕草でおどけたように一礼した。