触らぬ神に…




 ブルーは今、機嫌が悪かった。
 金のカードを求めてリージョン一のギャンブル天国バカラにまでやって来たはいいが、肝心の情報が中々得られずにいた。巨大なカジノの建物の中を上に走り下に走り(無駄に十階から一階まで一気に駆け下りて、その後また駆け上がった)、ようやくバニーのねぇちゃん(スーパーモデル級の美女であった)から情報を掴めたと思ったら、行き着いた先は地下も地下、モンスターがうじゃうじゃするような暗い洞窟であった。
 まったくこれじゃ休む暇もない。自慢じゃないがパーティーの中でも特に体力に自信のないブルーは、続く階段だらけの道にうんざりしていた。ぜいぜいとあがる息を整え、パンパンに張った太股を抑えたブルーは、既によろよろであった。そんな彼の不機嫌さはマックス、途中で仲間に入れてと言ってきた先ほどのバニーちゃんに、思わず本音を漏らしてしまい、彼女は逆に怒って去っていってしまった。しかしあんな美女を前に「頭の悪そうな女だ」などと、彼の女性を見る目というのは、どうなっているんだろうとナマエはちょっと不安に思う。女性に興味が希薄というより、もしやそっちのけでないだろうか。というかそろそろ女の子の仲間が欲しかったのにブルーの奴め。

 などとナマエがある事ない事想像しているうちに、地下の洞窟内に仄の明るい光がさしてきた。情報で聞いた、このカジノのオーナーの部屋だろうか。たしかノームとか言う。
 ブルーは問答無用でその部屋に押し入った。すると、部屋にいた奇妙な生き物、もとい、ノーム4匹が一斉にこちらを向く。モグラのような生物である。ちなみにナマエは、きらきらと部屋を満たす金銀宝石に目を奪われていた。「うわぁ」と呟いて、うっとりと見入っている。
 そんなナマエを放置し、ブルーは一匹のノームにずいと迫った。
「金のカードを出せ」
 ……どこぞの強盗かお前は。
 そんなツッコミをされそうなブルーの台詞に、しかしノームは全く怯む事はなかった。
「金のカードが欲しくば、たくさん金を用意しろ。金といっても、お前の金はいらんぞ」
 うひゃひゃ、と周りのノームが呼応したように爆笑した。
 一瞬、びきり、と何かが切れたような音がして、ナマエは慌てて振り返った。さすがは人外、いや、精霊か、あのブルーに向かって下ネタとは。
「……っ!」
 予想通りブチ切れて今にも術を発動させようとするブルーを、必死で宥めに掛かるのはナマエだ。
「ま、まあまあブルー、落ち着いて落ち着いて!」
 と言うも、ブルーの癇癪はそうそう収まらない。貴様はすっこんでろ、と睨まれナマエもまた切れそうになったが、ここは一つ私にまかせて、と少々引き攣った笑顔でブルーを押し留める事が出来た。
 ふうと一安心し、ナマエはころりと営業スマイルを浮かべてノームに振り返る。
「ええとノームさんですよね? はじめまして。私達、秘術の資質を獲得するために、カードを集める旅をしている者ですなんですが、いやー、あの今をときめくノームさんたちにお会いできてとっても光栄です! この素敵な財宝コレクションも圧巻で、もう本当に素晴らしいじゃないですか! 流石はノームさん、このバカラのカジノも見事でいらっしゃって、世界有数といわれるだけの事はありますね。あ、そうそう、ところで私達、あなた方に金のカードのことを訊ねに」
 と、例の良く回る舌で相手を丸め込もうとしたナマエだったが、しかし今回は相手が一枚上手だった。どこからか菓子折りを用意したナマエを、ノームはつぶらな瞳で見上げて。
「胡散臭いんじゃ」
「――は?」
 ぴくりとナマエは固まった。
 知らないのも当然だが、この生き物、見た目とは裏腹にひどく口が悪いのだ。故に、短気な人間には、激しく向かない。
「胡散臭いんじゃボケ」
 ノームが親切にも繰り返す。例に漏れず余り温厚な部類に入らないナマエは、再度地雷に掛かって吹き飛んだ。
 ぎりり、といやな音がした。傍で見ていたブルーが、何故か急に温度が下がったような気がして、はっと息を呑んだ。
「こ、こ、この……っ!」
 ナマエはぎりぎりと歯軋りし、今にも剣を構えて暴れ出しそうだ。ヤバイ、このままでは金のカードがっ! と、危ぶんだブルーは、
「ま、まてナマエ、気持は分るが早まるな……っ!!」
 と、手を伸ばそうとしたが、しかし遅かった。
「この腐れ成金下劣畜生がっ、その口一生利けないようにしてやるわ!!」
 妙な高笑いとともに、剣技が炸裂する。うずたかく積み上げられた金貨が剣風によって崩れ落ち、その雪崩に巻き込まれたのは憐れなブルーだった。
「うわあっ」
 じゃらじゃらじゃら、とブルーはノームとともに金に埋もれた。
 はい、ご愁傷様。


 気持ちよく暴れたせいか、そこら中きらきらと金だらけだ。
 まさに絶景。
「あ~すっきりした。……あれ、ブルー? どこですか?」
 暴れてすっきりとしたナマエは、そこでふとあの小うるさい術士がいなくなっていることに気付いて、辺りを見回した。すると、金の山から彼の手を発見して。
「大丈夫ですか?」
「……」
「ブルー?」
 埋もれるブルーに気付いて救出すると、彼はゆらりと幽鬼のような表情でナマエを睨んだ。
(これはヤバイ)
 咄嗟に本能が告げるも、しかしそれは遅すぎた。
「き、さ、ま、は、今日かぎりで護衛解雇だっ!!」
 うっそーん、とふざけたようなナマエの悲鳴。どかん、と盛大な術の音が響き渡った。

 後日、金のカードを差し出して、ブルーに詫びを入れるナマエの姿があった、とか。