ここはシュライク書店
ここはシュライク書店。
店内には無数の本が乱雑に並び、一般の雑誌から、マニアックなシュライクの神話が書かれた専門書までを取り扱う、シュライクの老若男女に愛される本屋であった。
そしてその人目をはばかるような奥の本棚には、お決まりのようにピンクな本がこそりと置いてあり、健康的な成年男子諸君の聖地と化していた。ある逆毛青年は「ブラッククロスより大事件だ!」と興奮し、あるパトロールは「最近の若い子はオープンだねえ」とにやにやし、そしてあるスーパーモデル(♀)は「線が汚いわ」と少し悔しげに呟いて去っていったとか。
だがだがしかし。
ここに、そんな世間常識の当てはまらない某リージョン魔法王国で育った、一組の双子術士がいた。
■ブルーの場合
「あれ?」
偶々立ち寄った本屋で、ファッションの月刊誌を堂々と立ち読みしていたナマエは、いつの間にかチームリーダーがいなくなっていることに気付いてキョロキョロと辺りを見回した。だが、どこにもいない。
ナマエは気になって、持っていた本を戻して店内を探した。すると、一番奥の方に彼の姿を発見して、熱心に本の表紙に視線を落とすブルーの姿に「お?」と思い、そろそろと近寄った。ブルーはナマエの接近に気付いていないようである。
「ブルー、何読んでいるんですか、……って」
後ろから声をかけ、すっとブルーが視線を落としている本に目をやると、ナマエは一瞬目を点にした。ついで、その意外性ににやにやとしながらブルーを覗き見る。
「エロ本見てるんですか? ブルーったら、やらしーい」
ニヤニヤとよほどナマエの方がやらしい笑みを浮かべていたが、しかしそこは我等が堅物ブルー。まったく訳が分らない、と言いたげに、眉を顰めてナマエを見た。
「俺が厭らしいだと? 貴様、何を言っている」
「……え?」
こいつ惚けているのか、ナマエは一瞬思ったが、パラパラと無感情でエロ本を捲るブルーの姿に、だんだんとそれが演技などでなく本当に彼が何も感じていないのだと気付いて愕然とした。
「写真ばかりだな、こんな物を読んで何の役に立つと言うんだ?」
そりゃまあ、アレの役に立つのでは、とは言えないナマエ、曲りなりにも乙女である。
「……」
ナマエの内心の葛藤にも気付かず、ブルーは厭きた様に本をばさりと閉じた。そして、斬って言い捨てる。
「無意味な本だな」
ブルー、私はあなたの頭を疑います。
ナマエは、一瞬心中で合掌した。
ああなんて世の中は不公平なんだろう。アレほど顔(だけ)は良い男なのに、女性に興味がないとは。なんだか報われないぜ畜生。
ナマエが一人黄昏ているのもお構い無しに、行くぞ、と今日も我等がリーダーは唯我独尊で突っ走る。その背中を茫然と見詰めていたナマエだったが、ふいに慰めるように背中をポンと叩かれ、振り返った先に妙に生温い微笑を浮かべるヌサカーンがいて、なんだかしみじみと頷いてきた。
「ま、人それぞれだよ、ナマエ君」
「……」
ナマエは、なぜか彼に慰められるのが無性に悔しく感じた。
「ブルーは裸で迫っても駄目ってことですね……」
悔し紛れにそう云うと、ヌサカーンは、ははっと声をあげて笑った。
「それはそれは、やってみると案外面白いことになるかもしれないね」
「完全に面白がっているでしょう、先生……」
ナマエはぐったりして、リーダーのお怒りが落ちる前に慌ててブルーの背を追った。
「……確かに、君達二人は見ていて面白いがな」
一人残されたヌサカーンは、くつくつと妖しい笑みをひっそりと零していたとか。
■ルージュの場合
またまたシュライク書店。
ナマエは、アセルス一行と共にあの例の本屋に来ていた。協調性のないパーティーは各自好きな本を探して読みふけっており、ナマエもまた適当に雑誌を捲っていた。
ふと、顔をあげるとルージュが丁度奥の本棚に向かっていくのが見えた。奥には勿論、ピンク系の本が並んでいる筈である。あれをルージュは見るのだろうか、気になったナマエはこっそりと奥を覗いた。
すると、やはりエロ本コーナーの前で立ち尽くすルージュの姿があった。彼はしかし本を手にとらずに、不思議そうな表情でその表紙を眺めている。
「ルージュ、何見てるんですか?」
恐る恐る声をかけると、ルージュはナマエの方にぱっと振り向いて、にこやかな笑顔を浮かべた。
「ナマエ」
おいでおいでされ、ナマエはのこのこと彼の隣に立った。
ルージュはおもむろに一冊の本を手に取り、ぱらぱらと捲り始めた。横に立つナマエの視界にもその刺激的な写真が飛び込んできてドキドキしたが、ルージュを見れば彼はなんとも涼しい顔でそれらを眺めている。
こんな刺激的な写真を見ているのに、普通はもっと反応するのではないだろうか。ナマエは素朴に思う。
「……ルージュはそういうのに興味あるんですか?」
問えば、ルージュは「ん~」と考えるように首を傾げた。
と、突然ナマエの方を見たと思ったら。
「この人たち、暑いから裸になっているのかなぁ、ナマエ」
どこまでも純真な瞳で、そうのたまったルージュであった。
「……」
兄弟そろって何なんだコイツらは。
ナマエは、にこにこと本を捲るルージュに無性に泣きたくなった。
と、ナマエが内心めそめそしていると、ルージュはおもむろにとあるページで手を止め、
「でも僕には真似できないな、こんな恰好」
ずい、と笑顔でナマエの目の前にそのページを突きつけた。そこには、一組の男女がくんずほぐれつの衝撃的な映像が載っており、その過激さにナマエは思わず仰け反った。
「おあっ」
ああこりゃすごい巨乳だ、羨ましい。
……じゃなくて。
「ちょ、ちょ、恥ずかしいので止してくださいっ」
ナマエは真っ赤になりながらも慌てて本を払った。
「真っ赤だよ、ナマエ」
ルージュは笑って、本を元に戻す。
真っ赤なのは誰のせいだ。そういう妙に無神経なところは、やっぱり兄弟なのだなと実感せざるを得ない。
ああ、もう、まったくこの双子は。
ナマエが呼吸を落ち着けていると、何を思ったかルージュがいきなり背後に立ったので、妙にどきっとしたナマエであった。
何だ? と思って振り向こうとした瞬間、耳元に熱い息が吹きかけられ、ぞくりと背筋に震えが走る。
「でも、ナマエの裸だったら見てみたいな。きっと柔らかくて、良い匂いがしそうだ」
「っ!」
ナマエは弾かれるようにルージュを顧みた。すると、そこに今までにない妖艶な微笑を浮かべるルージュがいて、ナマエはその変貌振りに唖然となる。
「今度二人きりで見せてくれる?」
くすくすくす、とルージュの艶かしい微笑に、ナマエはかっとなった。
こいつ、絶対愉快犯だ。
つまり、ナマエは単にルージュに反応をからかわれていた、ということだ。この男、どうやら見た目に反してもう一方の片割れよりもかなり性質が悪いらしい。
「ぜ、ぜ、絶対お断りです!」
「はは、真っ赤な顔で言われても全然怖くないよ、ナマエ」
ナマエがきいぃっとなって拳を振り上げ、ルージュは笑顔でそれから逃げ回っていたとか。
■オマケでアセルスの場合(科白のみ)
「あれ、アセルス、どうしたんですか? そんな本なんか見て」
「ナマエ……」
「うわあ、過激な本ですね、……って、アセルス?」
「どうしよう、ナマエ、私なんだかドキドキしてるみたいだ……」
「え!?」
「こんな本で、ドキドキしちゃうなんて可笑しいよな。でも、私、わたし……」
「あ、アセルス」
「ナマエっ!」
「あ、いや、ちょっと待ってください! 私はホラ、そのノーマル派でですね……」
「お願いちょっとで良いからその肌触らせてくれーっ!」
「ぎゃー!!?」