かみのけ





 厩に愛馬の手入をしに行ったら、鍾会殿がいた。
「鍾会殿、こんにちは……って」
 それも私の馬に、頭の髪を食まれた状態で。
 離せ、離せと喚く鍾会殿と目が合って、思わず腰を折って爆笑してしまった。
「わ、笑ってないで何とかしろ! お前の馬だろう!」
 あ、声が引き攣っている。表情もなんだか泣き出しそうだ。
 私はあふれた涙を拭い、殊更ゆっくりと、ある意味人馬一体となっている彼らのもとへ歩み寄った。
 遅い! と鍾会殿が腹を立てている。
「すみません。私の馬がご迷惑を。鍾会殿の頭を飼葉と勘違いしてるんでしょうねえ」
 愛馬の鼻面を撫でてやると、ようやく馬が鍾会殿の頭から口を離した。
「ふん、飼い主ともども揃って阿呆だな! 私の頭は草ではない」
 鍾会殿の髪の一部が無残にも涎でべったりとぬれている。手ぬぐいを渡すと、ひったくるように取られた。
「まったく、人の髪の毛と飼葉の区別もつかんとは……」
 と、ぷんぷん怒りながら、手ぬぐいで髪を拭く。
 すると私の愛馬が、今度はその鼻面でぐいぐいと鍾会殿のわき腹を押し始めたではないか。
「ええい、今度は何だ!」
 口調は刺々しいが、決して馬には手を出そうとしない鍾会殿は実は優しいのかもしれない。鍾会殿と愛馬がじゃれあっている? 光景を内心ほほえましく思いながら、眺めた。
「きっと、鍾会殿のことが好きなんですよ」
 そうのんびりとした口調で告げると、一瞬間があって。
「なっ、なにを云うナマエ
 頬を赤くして慌てる鍾会殿に、私は一瞬ぽかんと呆けた。鍾会殿ともあろうものが、言葉のあやを勘違いしたのだろうか。
「この子が、ですが」
 一瞬遅れて、鍾会殿が顔を真っ赤にして喚いた。
「紛らわしい言い方をするな!」
 そのあまりの慌てように、私は笑いを堪えきれず口を覆った。ごめんなさい、笑いながら謝って。
 でも、と微笑んだ。
「私も嫌いじゃないですよ、鍾会殿のこと」
 鍾会殿が、今度こそ絶句した。