ぬくもり
執務机に向かって書き物をしていると、急に背後から首筋に氷のように冷たい感触が触れてきて、私は思わず声を上げた。
「きゃっ」
慌てて振り返ると、つい先ほどまで執務から姿を眩ましていた郭嘉様の姿があった。冷えた両手を私の首筋に当てて、暖を取っている。
「可愛らしい声で鳴いてくれたね、ナマエ」
「もう、郭嘉様」
憤慨して頬を膨らますと、郭嘉様は私をうまく驚かせたことに子供のように喜んでいる。
「ふふ、あなたをからかうのは癖になるよ」
その言葉に、私はもはやつける薬はないと諦めの境地でため息をついたのだった。筆は硯の上に避難していたから、書き物が駄目にならなかっただけでもよかった。
郭嘉様は末端冷え性だ。手足の先がよく冷えるらしい。冬になると、よくこうやって副官である私の首筋に手先を押し当てて悪戯をけしかけてくる。そんなに冷たくなるなら、体が冷えるまで廊下で女官といちゃつくのをよして欲しいが悲しいことに聞く耳を持ってくれない。絶対部屋で大人しく執務していたほうが温まるのに。火鉢だって郭嘉様の執務机の周りに何個置いてあることか。
「冗談を云ってないで早く火鉢にあたってください。手が氷のようです」
「暖を取るならあなたの肌で取りたいな」
上司とは思えない我侭な言葉に、私は再度ため息をつく。
「仕方のない人ですね、少しだけですよ」
そうして郭嘉様の手を首筋に押し付けるように押し包み、温めた。郭嘉様はじっと私の首筋で暖を取る。氷のような手を押し付けられ背筋にぶるりと寒気が起きたが、その手が温かみを持つにつれすぐにまたぽかぽかと体の芯が暖かくなってきた。私の体は年がら年中あったかい仕様なのだ。夏は困るけど。
そのうち郭嘉様の手が人肌程度には暖かくなってきた。郭嘉様は首筋から手を離し、礼を云った。
「あなたはいつも暖かいね、うらやましいくらいだ」
「夏は暑苦しいとか思っていません?」
「そんなことはないよ」
ふふ、と郭嘉様が笑みをこぼす。妖艶な笑みに、目線を奪われる。
ふと、思いついたように郭嘉様が口を開いた。
「そういえばナマエ、今夜も付き合ってくれるのかな」
「勿論です」
私は郭嘉様の副官だ。だが唯の副官ではなかった。
夜半、私と郭嘉様は一つの布団に包まりながら、暖を取っていた。郭嘉様の冷えた足元に私のぽかぽかの足をぴったりとつけて絡める。先ほどまでの運動のせいで、私の体は火照っていた。だが郭嘉様の足元は相変わらずひんやりとしていて、ほてった体に気持ちよかった。本人は寒そうだけれども。
「寒くないですか?」
布団を口元まで引き上げると、掛け布の向こうで郭嘉様が微笑んだ。
「ああ、あなたのおかげでね」
ぎゅ、と隙間なく抱き寄せられている。
「私はあなたを手放せないよ」
「私は郭嘉様専用人間湯たんぽですものね」
「それだけじゃないよ」
多少皮肉まじりに笑えば、存外真剣そうな声が返って来た。
「あなたは私の大事なパートナーなのだから、ね」
「……はい」
素直に頷くと、良く出来ましたといわんばかりに口付けが降ってきて。私はそのぬくもりを嬉しく受け止めるのだった。