Halloween kiss
夢主≠長編夢主
冬も近づいたその日、身を切るような木枯らしを避けながら酒場へと戻ったユーリスを、奇天烈な格好の集団が出迎えた。
「ただい……」
カランとベルが鳴る音とともに扉を押しあけると、わっと周りを不気味な格好をした三人が取り囲んだ。ぎょっとするユーリスをよそに、その内の一人が口を開いた。
「ユーリスおかえり! 待ってたんだぜ~」
狼のようなふさふさの耳と尾っぽをつけた赤毛の女が、にんまり顔でユーリスの腕を捕らえる。
「うわ!? な……セ、セイレン!? なにその格好!」
似合ってるだろ? にししとセイレンが笑う。ドン引きしていると、逆の手を誰かに引っ張られた。
「こっちに来てユーリス!」
そう嬉しそうにユーリスを誘導するのは、襟を立てた白いシャツに黒いマントを羽織った、よく見知った女の子だ。唇から尖った牙が見えている。
「ナマエまで!? なになに一体なんなのさこれ?」
彼女の笑顔に、ユーリスの胸がふわりと跳ねた。仮装していても、ナマエはやっぱりナマエだ。可愛い。……いや、今はそれどころじゃない。
テーブルまで引き摺られていくと、椅子に座ってパンプキンパイを頬張っていた包帯だらけのマナミア(首にはボルトが貫通していて、顔には縫合の跡があった)が、にこやかに声をかけてきた。
「ユーリスさん、おかえりなさい」
「マナミアも、その格好……」
呆然としながら問いかけるも、無理矢理椅子に座らされる。
すかさず、ずいと顔を近づけてきた白いワンピース姿の少女がわくわくとした表情で口を開いた。
「さあユーリス、覚悟は良い? せーの……」
『trick or treat!!』
綺麗にハモった声に気圧され、ユーリスの混乱は深まった。
鳥? 一体何のこと?
「は!? なに、とりって!?」
「も~ちろんお菓子持ってないよな! じゃあイタズラ決定~!」
突然のことに訳が分からず目を回していると、セイレンが嬉々として告げた。
「うふふ、ユーリスには私のワンピース着てもらおうかしら! 前々から似合うと思っていたのよね~」
そう言ったのはカナンだ。彼女は膝まである白いワンピースに、背中には透ける羽根を背負っていた。どうやら妖精の格好らしい。
「ちょ、ちょっと待って。それ、僕に着せる気……?」
手に藍色のワンピースを持ってにじり寄ってくる妖精に恐怖を煽られ、思わずその場を逃げ出そうとした。
しかしいつの間にか背後に回っていたナマエに、がしりと肩を掴まれる。
「ユーリス、逃がさなさいわよ?」
吸血鬼は牙を見せて邪悪そうに笑うと、ユーリスの上着に手を伸ばした。
「ちょっ、うわ……やめろこの、ちくしょー!」
このままでは貞操の危機だ。
ユーリスは身を捻り、服を脱がそうとする手から何とか逃げ出そうとする。
が、助勢に加わったセイレンとカナンに手足を押さえられ、女子三人がかりの力技には流石に敵わなかった。
(ナマエの手が、思ったよりもあたたかくて……いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!)
「諦めろユーリス。今日はそういう日なんだと」
それでもなんとか抵抗を続けていると、聞き覚えのある声が壁際から聞こえた。
振り返ると、妙にごつい町娘が二人座っていた。力つきたように椅子に座り込んでいるから、影が薄くて今まで存在に気がつかなかった。
厚い化粧が塗りたくられてはいるが、よくよく見るとユーリスの知っている人物だ。
「クォーク、エルザ? あ、あんたらまでなんて格好してるんだよっ!」
「お前と同じ目に遭わされたんだよ」
スカートを履いた筋肉質の男が、そう投げやりに言う。端から見ると世にも奇妙な恐ろしい絵面だ。
「だったら見てないで助けろよ!」
「そいつらを邪魔すると後が怖いからな。すまんが成仏してくれ」
「はは……。がんばれー、ユーリス」
げっそりした様子のエルザが、頼りないエールをよこした。
「な……うらぎりものー! むぐっ」
ユーリスを取り囲む三人は、少年の上着を完全に脱がすことに成功したようだ。
「おーっユーリスちゃんってば結構いいカラダに育ってきてるじゃーん! これもあたしのしごきのおかげかなっ」
「うわぁっ」
バチン、と背中をセイレンに思い切り叩かれる。
「ほんと、細マッチョって感じ? 魔導士なのに体鍛えてるの? すご~い」
「え、いや……まぁ、僕なんかまだまだだし……」
褒められて悪い気はしない。けど、ナマエの前でこんな格好をさせられているのが、どうにも恥ずかしい。
「ユーリスぅ? カナンに褒められて嬉しそうだね?」
「いっいやっ……違うから! っていうか服返して! 寒い! ――ぶはっ!」
ぶる、と寒気を抑えるように両手で自分を抱きしめた時、ばふりと頭から遠慮なくワンピースを被せられた。女子三人衆がきゃいきゃいとはしゃぎながら、そのままワンピースを下へと引き摺りおろしていく。
(ちなみにマナミアは料理の前を陣取ったまま不動だ)
「ていうか今日なに!? 何のイベントなの!?」
「ハロウィンというらしい。ナマエの故郷の風習でな、今日はお化けに仮装してお菓子を貰う日なんだと。お菓子くれなきゃイタズラするぞ、ってな」
突然マナミアの隣に置いてあったカボチャの人形がしゃべった。……いや、人形じゃない。
「って、その声ってジャッカル!?」
「おう。俺だ」
びしりと親指を立てるカボチャ頭に、ユーリスは思わず脱力した。
そうこうしているうちに、いたずらは完成したようだった。カナンのワンピースは、ユーリスにはちょっと胴回りがきつい。だがそれでもなんなく着れてしまう自分にがっかりした。まるで公開処刑だ。
下のズボンは彼のプライドを慮って剥ぎ取らないでくれたのが唯一の救いだ。
「完成~!」
「きゃー可愛い!」
「やっぱお前が一番似合うな~」
カナンがユーリスと腕を組んで黄色い声をあげ、セイレンは作品の出来映えに満足してうんうん頷いている。
「なんか……私より可愛いんですけど~」
と、一人謎にダメージを負っているのはナマエだ。
「とてもお似合いですよ、ユーリス」
マナミアがにっこり笑って、そう評価した。ユーリスはぐったりとして、言い返す気力もない。
「どうも……。もう脱いでいいかな」
「ダメダメ! 今日は一日、その格好ね!」
カナンの非情な死刑宣告に、ユーリスはうなだれた。
ともあれ、楽しいハロウィンパーティだ。
テーブルの上にはアリエルが腕をふるった豪勢な料理が、これでもかというくらいびっしりと並んだ。
自分たちの格好はさておき、みんなでわいわいとテーブルを取り囲む。
楽しい時間だったが、ハプニングはまもなくやってきた。
ユーリスもようやく落ち着き、料理に手を伸ばそうとしたその時だった。
「これ誰の飲み物?」
中座していたナマエが戻ってきて、テーブルに運ばれてきたグラスを受け取って周囲に尋ねた。しゅわしゅわと炭酸が弾ける、ジュースみたいなピンク色。
誰も気づかない。宴もたけなわで、ナマエの声は料理や酒のざわめきにかき消されていた。
「まあいいや。代わりに貰っちゃいま~す」
仲間のものは自分のもの。ちゃっかりと飲み物を横取りしたナマエは、悪戯っぽく笑ってグラスに口をつけた。
「ん、美味しい」
ごくり、と喉が鳴る音で振り返ったユーリスは、ナマエがグラスの中の液体を美味しそうに飲み干していく瞬間を見て青ざめた。
グラスの中身に見覚えがある。あれは、さっきセイレンが頼んでいた……つまり、酒だ。 そしてナマエは、酒に滅法弱い。
「ナマエ待って! それお酒……!」
「あっ、それあたしの酒……」
気づいたセイレンが慌てて声を上げるも、時すでに遅し。 ナマエは満足げにぺろりと舌なめずりし、グラスを空にした。
「これ、ちょっと苦いけど、甘くておいしい」
「ナマエ、大丈夫か?」
エルザが心配して彼女をユーリスの隣に座らせようとする。 だがナマエは空になったグラスをぶんぶんと振りながら、カウンターに向かって叫んだ。
「アリエル~、コレもう一杯ちょうだい!」
見る間に彼女の顔は赤く染まり、頬がぽわんと熱を帯びていく。 ユーリスは焦ってグラスを奪い、代わりに炭酸水の入ったグラスを差し出した。
「ダメだってば。ほら、お水飲もう?」
半ば強制的にグラスを持たせれば、ナマエは頬を膨らませてじとりと睨んでくる。その潤んだ瞳に、ユーリスは思わず言葉を詰まらせた。
「えーっ!? なんで?」
「なんで、ってあれはお酒だからだよ。ナマエ、お酒ダメだろ? もうそんなに真っ赤なのに、二杯目なんて飲んだら倒れちゃうよ」
「だぁいじょうぶだってば」
「ダメだってば。酔っ払いの大丈夫は、大丈夫じゃないんだよ」
「うう……ユーリスのけち、ちょっとくらいイイじゃん」
その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。 彼女のためを思って言っているのに、まるで意地悪しているみたいだ。 潤んだ瞳で見つめられると、理性がぐらりと揺れる。これだから酔っ払いは質が悪い。
「ほら、水」
「ん。うう、……なんの味もしな~い」
と、とりあえず差し出した水を大人しく飲んだナマエだったが、しばらくすると今度はその場で船をこぎ始めた。
そのままテーブルの上の料理に頭をつっこみやしないかとハラハラして見守っていたユーリスだったが、そのうち彼女から少年の肩にもたれ掛かり、体重を預けてきたので、思わず心臓が跳ねた。
密かに想いを寄せている少女から身を寄せられ、内心天にも昇る心地だった。……が、忘れてはいけない、相手は酔っぱらいだ。
「ナマエ、眠たいの?」
「んー、まだ寝なぁい」
ヒュー、とジャッカルが口笛を寄越した。ほかの仲間もにやにやしながらこちらを見ている。それを横目で睨みながら、ユーリスは彼女がもたれ掛かりやすいように腕を回した。冷やかしは放っておいて、とりあえずはナマエ優先だ。
しばらくユーリスの腕の中で大人しくしてたナマエだったが、ややあってごそごそと動き出した。
頭をぐりぐりとユーリスの肩口に押しつけてきたかと思うと、突然顔を上げ、少年の首筋に鼻先を押しつけてくる。
スンスン、と鼻を鳴らす音が耳元で響いた。 匂いを嗅がれている。 その行動の意味が理解できず、ユーリスは固まった。
「な、なに?」
「……いい匂いがする」
ぼんやりとした声でそう言った次の瞬間――。
「いたっ!?」
鋭い痛みが走った。 首筋に、ナマエの偽物の牙が容赦なく食い込んでいる。 遠慮のない噛みつきに、ユーリスは思わず跳ね上がった。
「ちょ、ちょっとなにしてるの!?」
慌ててナマエの頭を押さえつけるも、酔っぱらいの馬鹿力は予想以上だった。 なかなか離れてくれない。
「えへ、血を貰ってるの」
ようやくナマエが口を離してくれたと思ったら、突拍子もない言葉が口から飛び出した。
「なんで!?」
「今日の私はヴァンパイアなのぉ、血を貰わないと死んじゃうー」
まるで駄々っ子のように口を尖らせて訳の分からないことを言い、再び噛みつこうとする。
ユーリスは必死に抵抗しながら、頭の中がぐるぐると混乱していた。
彼女の体温が肌に触れるたび、心臓が跳ねる。 酔っているとはいえ、こんなに近くで、こんなにも無防備に甘えてくるナマエに、どうして平常心でいられようか。
「だ、だからって本気で噛むなよ! 痛いってば!」
「おいユーリス」
ジャッカルが静かに少年の名を呼び、くいっと笑顔で親指を立てて上の階を指し示した。
「そういうのは、部屋で、ヤれ」
妙にムカつく笑顔だった。それに発音がちょっとおかしい。ユーリスは殴りたくなるのを堪え、叫んだ。
「見てないで止めろよ!」
周囲の視線がじわじわと痛い。 けれど今は、それ以上にナマエの体温が熱かった。
さんざん暴れたナマエだったが、しばらくすると燃料が切れたのかぐったりとしはじめたので、本格的にここで眠られる前に慌てて彼女を二階の部屋へと連れていくことにした。本当は抱きかかえることが出来れば良かったが、そこまで鍛えてないため、彼女の肩に手を回して階段を一段一段ゆっくりと上がっていく。落とさないように、何度も足元を確認しながら。
ようやく部屋までたどり着くと、薄暗い部屋の中、ユーリスはナマエをベッドの上にゆっくりと横たえた。柔らかな月明かりが、窓から差し込んできている。
彼女はほとんど夢の中だ。
邪魔なマントを取ってやり、靴を脱がすと上から布団をかけてやった。その一つ一つの動作に、ユーリスの手は自然と優しくなる。
彼女の寝顔は、どこか幼くて、無防備で――愛おしかった。
踵を返して部屋を出ようとしたその時、背後から弱々しい声が聞こえた。
「ユーリス、もう行くの……?」
振り返ると、ナマエが眠気に潤んだ瞳でこちらを見ていた。
「うん、みんなの所へ戻る。君はもうおとなしく寝なよ」
「はぁい……」
その返事に、ユーリスは思わず微笑み、ため息まじりに彼女の頭を撫でた。
柔らかな髪が指先に絡む。このまま、ずっと撫でていたくなるほど心地よかった。
ふと、あることを思いついて、ユーリスは悪戯げに笑った。
「そうだ、ナマエ」
呼びかけに、閉じかけていたナマエの瞼が開き、なに? と目線で問いかけてくる。
「trick or treat」
「え……」
ナマエが驚いたように目を丸くする。その反応に、ユーリスは意地の悪い笑みを浮かべた。
やられっぱなしは性に合わない。復讐とまではいかないが、ささやかな悪戯でお礼をして彼女を少しだけ困らせてやりたかった。
「ほら、お菓子くれなきゃイタズラするよ?」
ナマエの頭の脇にギシリと手をついて、顔を覗き込む。
彼女は困ったように眉尻を下げ、引き上げた布団で口元まで覆ってしまった。
「いまは何も持ってないよ……」
「ふぅん。じゃあ、イタズラだね?」
ふふ、と笑ったユーリスは、ナマエの口元を覆っていた布団を指先で押し下げた。
現れた唇は、サクランボのように赤く、柔らかそうだった。
その唇に、自分のそれをそっと押しつける。
ぴく、と彼女が一瞬震える。 ナマエの唇は柔らかく、けれど張りがあり、ユーリスの唇を優しく跳ね返した。 ほんのり甘い味がした。
もっと深く口づけて、彼女を感じてみたい。そんな衝動が胸を満たす。
けれど――これ以上無理強いして、嫌われてしまうのは怖かった。
……それ以前に、そんな度胸は自分にはない。
ちゅ、とリップ音を鳴らして、唇を離す。
伏せられていたナマエの瞼がゆっくりと開き、ユーリスを捉えた。
その表情が夢見心地に見えるのは、気のせいだろうか。
「ユーリス……」
「お、おやすみナマエ」
急に気恥ずかしくなって、ユーリスは逃げるように部屋を出た。
一階へと戻ると、相も変わらず酒宴が続いていた。
笑い声とグラスの音が混ざり合い、空気はまだまだ熱気に満ちている。
ジャッカルが降りてきたユーリスに気づき、手招きした。
「おーう、おかえり。えらいぞ少年、送り狼にならなかったんだな」
その言葉に、心臓が一瞬跳ねた。図星を突かれたような気がして、思わず目を逸らす。
椅子に腰を下ろしながら、努めて冷静を装って鼻を鳴らした。
「なにそれ。ジャッカルじゃあるまいし、ならないよ」
「ふうん」
意味深に目を細めるジャッカルを、今度こそ無視する。からかわれるのは慣れている。けれど、今はそれ以上に――ナマエの唇の感触が、まだ残っていた。
マナミアの魔の手から逃れたチキンに手を伸ばし、脳裏にちらつく煩悩を振り切るように、思い切り目の前の獲物にかぶりついた。
口の中に広がる香ばしさと熱が、少しだけ現実に引き戻してくれる。
けれど、胸の奥に残る甘い余韻は、そう簡単には消えてくれそうになかった。