男の娘



注意:ユーリスが女装してます。



 ひらひらと舞うフリル。複雑なレース模様のドレス。シルクの手袋。
 それを纏うのは、硝子のように繊細な美しい少女、……ではない。
「ふふ、思ったとおり、すごく似合う。じゃあ、次はこのドレス着てみてね」
「……ねえ、いつまでこんなこと続けるのさ」
 ナマエ、と不機嫌そうな表情で頬を膨らますのは、先日館の前で拾ったユーリスという名の銀髪の傭兵。


 ユーリスは、先日このルリ島に来た傭兵団の一員だ。傭兵といえば乱暴好きな無法者の集まりと聞いていたので、あまり好印象は持っていなかったが、ユーリスに出会ってその印象は一変した。

 私は、ルリ島を拠点とする貿易商人の娘だった。唯一の家族であるお父様は今や貴族街の一角に邸宅を構える富豪の一員になっていた。お父様は殆ど館を留守にして、家には私とメイドなどの家人しか住んでない。
 体が弱い私は、外出はお医者さまから禁じられていた。だから、本来ならば傭兵と知り合う機会はないはずである。
 そんな私がなぜ縁もゆかりもないユーリスと出会ったかというと、それは数日前の夕刻まで遡る。

 ――その日、調子がよかった私は前庭に出て夕涼みをしていた。そこへ突然妙な唸り声が聞こえたと思ったら、前庭から見える表通りにこのユーリスが青い顔でしゃがみ込んでいたのだ。慌てて駆けつけると、彼曰く、どうやら貴族街の奥にある、おばけ屋敷と噂されている館に肝試しに入ったらしい。が、恐ろしさに逃げ出したはいいものの、途中で腰を抜かして動けなくなってしまったようだった。……そう白状したのは、数回目に出会った時だったけど。
(後で聞くところ、傭兵仲間に内緒で彼の『お化け嫌い』を克服するために一人で挑んだようだった)
 青白い顔で震えるユーリスの事を哀れに思った私は、彼をテラスに招待した。そこで私は彼の事を傭兵だと知ったのだ。第一印象は、とても綺麗な顔の女の子、だった。すぐに誤解は解け、男の子だと判明したが。右目を覆う眼帯が彼に不思議な魅力を与えていた。歳も同じくらいだったろうか。彼の方がもしかしたら、少しだけ上かもしれない。私は純粋にユーリスとお友達になりたいと思った。でも。
『仲間の人に、腰を抜かしていた事を知られたくなかったら、またここに遊びに来て』
 天邪鬼な私は、そう云ってユーリスを縛った。
 ユーリスは私の我侭に何も云わず付き合ってくれた。嫌な顔一つせず、私のふざけた遊びに大人しく従ってくれた。なかなか外に出ることが出来ない私の、数少ない唯一の大切なお友達。云う事を聞いてくれる、綺麗な男の子。

 そして今、一番私が嵌っている遊びは、ユーリスにドレスを着せる事だった。私の持っている可愛いドレスを押し付けて、強引に着替えさせる。サイズは当然合わなかったが、コルセットを付ける訳でもないので、どうにでもなった。万が一破けても、またお父様が新しいドレスを買い与えてくれる。
 ドレスを着たユーリスは少しだけ滑稽で、でもそれがコケティッシュでとても可愛らしかった。ドレスに眼帯という組み合わせが、とても倒錯的な雰囲気にさせた。可愛い、可愛いと私がユーリスに云うたびに、彼が「僕、男なんだけど」と呆れた様に文句を言うのもお決まりだ。

「いいじゃない、似合ってるもの」
 そう微笑みながら云うと、ユーリスは頭が痛いのか額を抑えている。
「ほら、次はこれね」
 と、次のドレスを差し出した時だった。
「……いい加減、分からせないと駄目なのかな」
「えっ」
 いつもより低い声が響いた瞬間、私はベッドに押し付けられていた。ふわりとドレスのフリルが舞う。上にはユーリスが圧し掛かっていた。
 ユーリス、と少し怯えた様に名を呼ぶと、彼は小悪魔的な微笑を浮べた。
「ほら、君なんて簡単に組み敷ける。少しは分かってよね、自分が置かれてる状況」
 暗に、男と女の違いを見せ付けられる。可愛い顔の、しかもきらびやかなドレスを纏ったその成りで、ユーリスは男の表情でそんなことを云う。
 けど、私は子供でいたかったのだ。綺麗で可愛い子と一緒に、無邪気に着せ替えごっこを楽しんで。男と女が一つの密室に居るという、無意識のスリルを密かに味わっている自分がいることなんて、思い知りたくない。
「……そんなの知らない。ユーリスの莫迦」
 えい、と手近にあった枕を掴んで、彼の顔にぎゅうと押し付けた。
「ぶはっ。こら、やったな!?」
 それに軽く腹を立てたユーリスが、負けじと枕をぶつけてくる。
「あん、いたい」
「わざとっぽい声出しても駄目、分かってるんだからね。って、……ぶっ!」
 ばふり、と今度は加減せずに枕を投げつけた。
「ふふふ、楽しい」
ナマエ!」
 とうとう堪忍袋の緒が切れたユーリスが、本気になったようだった。フリルの袖を巻くって、枕をむんずと引っつかむ。それを見て、私はきゃーっとわざとらしく悲鳴を上げた。
 枕から零れた無数の羽毛が宙を舞う。笑い声が部屋に響いて、いつしか二人息を乱してベッドに横になっていた。ああ、部屋中羽毛まみれ。
 すぐ横には、ユーリスの頭。横を向くと瞳が合って、クスクスと笑みを零すと、こつりと額が触れた。熱が伝わる。腰に回された手は、抱き寄せるように触れていた。シルクの手袋に覆われたそれは、私とは違う骨ばった手であることを私は知っている。
 ユーリスに表情はなく、蒼の透明な瞳がこちらを覗いていた。相変わらず何を考えているのか分からない。彼の秘密を言いふらすという莫迦げた脅しで、もしかしたらとっくの昔に嫌われているのかもしれない。
 ふとそんな不安が脳裏を過ぎった時、ナマエ、と低い声が私の名を呼んだ。
 吸い寄せられるように、ユーリスの顔が近づく。
「ユーリス」
 私は目を見開いて、そして静かに目を閉ざした。

 それが自然な行為であるとでも言うように、私達は初めてのキスをした。小鳥のように唇を触れさせあうだけの、無知な子供同士がするそれ。
 ドレスを着た綺麗な男の子と交わすキス。ああ、とても倒錯的だ。
 初めてのキスの味は、なにもしなかった。初めてのキスはレモン味なんて、嘘だ。
 それでも初めての感覚に、夢中で唇を押し付けた。
 ……本能に従ってしまった。もし大人だったら、そう言い訳をするんだろう。

 部屋の扉を一つ隔てたところでは、私付きのメイドが控えているはずだ。
 付き添いのメイドは、ユーリスの事をとても礼儀正しい子だと思っているから、部屋の中でこんな事になっているとは思いもしないだろう。


 ……いつしか、口付けに疲れた私はうとうととまどろんでいた。
 ふと目を開ければ、窓から射す日差しが西に傾いている。そろそろ夕刻だ。
 隣を見ると、ユーリスが静かに寝息を立てている。その綺麗な寝顔をじっと見つめる。
 不意に気になって、眼帯に手を伸ばす、が。
「……勝手に覗いちゃ駄目だよ。いけない子だね」
 眼帯に触れた瞬間、その手を抑えられてしまった。ゆっくりと開かれた蒼の瞳には、咎めるような色はない。けれど私は素直に謝った。
「ごめんなさい」
 そう云いながら、内心では逆の事を思う。彼の眼帯の下の秘密を暴ける日はいつなのだろう。

 そろそろ、ユーリスが帰らなければいけない時間だった。着替え終えた彼は、すっかり男の子に戻っていた。
「そういえば、明日から仕事が入るから暫く来れなくなるけど、我慢できるよね」
 突然の言葉に動揺した私は、いやよ、と思わずユーリスの腰に抱きつく。
ナマエ
「お願いだから、危ない事はしないで。ねえユーリス、うちの子になってよ。お父様に頼んであげる。きっと、お父様なら良いって云ってくれるから。そうしたら傭兵なんて危ない事しなくて済むでしょう?」
 振り返ったユーリスは、仕方ないとでも言いたげにため息をついて、私の頭を撫でた。
「気持ちは嬉しいけど、そんなわけにはいかないよ」
「でも、怪我して欲しくない」
 ユーリスに会えなくなるのは嫌だ。我侭を云って引き止められないものだろうか。
 落ち込む私に、ユーリスはふっと微笑した。
「また遊びにくるから、大人しく待っておいで」
 いい子だから、そう微笑んだ彼は、私の唇を自分のそれで塞ぐ。

 ――今度は、大人のキスの味がした。