拍手お礼SS
目の前で、グラスの中の炭酸がしゅわしゅわとはじけていた。
そのグラスの向こうには、むっつりと押し黙った眼帯の少年の姿。その綺麗な横顔を、私は遠慮もなくしげしげと眺めていた。
彼の名前はユーリスさん。彼は先のグルグ族との戦争において、救世主エルザ様と共にルリの街を守るべく活躍してくれた傭兵の一人だった。つまり英雄、そして有名人。
そして私はマルシェで働く、ただの庶民。それがなぜ、有名人である彼と、広場にあるオープンテラスのカフェで顔を突き合わせているかというと……。
事の起こりは一刻前に遡る。丁度仕事が休日だった私は、溜まった洗濯をしようと洗濯籠を手に家の近くの井戸にやってきていた。
井戸の水を汲もうと、滑車のロープを手に取った瞬間だった。ぬっと井戸から現れたのは、トカゲのような顔のモンスターだった。
『キャーッ!? リザード!』
叫んだ瞬間、手を取られて私の体は井戸へと転落した。
井戸の下は、リザードが掘った洞窟へと繋がっていた。下に落ちた時に、幸いにも怪我らしい怪我はしなかった。きっとぶつけたお尻に青あざが出来ているだろうが、それは仕方ない。
ともかく突然現れたリザードに井戸に引き込まれ、絶体絶命のピンチだった。
『ちょっと、君大丈夫!?』
が、そこに颯爽と助けに現れてくれたのが、このユーリスさんだった。
あっという間にリザードをやっつけてくれて、しかももたもたしている私を井戸から引き上げてくれたユーリスさんは、それはそれはもう言葉に出来ないほど格好良かった。しかもクール、しかも美形。
茫然とする私を前に、お礼はいいからとすぐさま立ち去ろうとする彼を慌てて引き止めて、兎に角何かお礼をと勝手にカフェまで連れてきてしまった。
そして、今に至る。
ユーリスさんは無口な性格なのか、席についてからもあまり口を利いてくれなかった。腕を組んで、目を斜めに伏せている。美形な分だけ、無口なのが威圧的に感じられた。
けれど私はめげずに、なけなしのお小遣いを叩いて、私のお気に入りのメニューをご馳走することにした。彼にはコーヒーとデザートのセット、私はレモネード。あまり自由に使えるお金がないので、自分の分のデザートは泣く泣く諦めた。
「あの、ユーリスさん、先ほどはありがとうございました。お陰で命拾いしました」
改めてお礼を云うと、ユーリスさんは少し驚いたように瞬いて、「別にお礼なんて」と小声で呟いた。そこに店員さんが、頼んだ品を運んでくる。
ことりと目の前に置かれたものに、ユーリスさんは眉を顰めた。
「なに、これ?」
「あ、勝手に頼んじゃいました。甘いもの、駄目でした?」
「……大丈夫」
不安になって尋ねると、少しの間があって、そう返って来た。
「じゃあ、どうぞ食べてください! 私のおごりですから! 私、ここのミルフィーユ大好きなんです」
笑みを抑えきれず告げると、ややあって彼はフォークを取った。さくりとクリームたっぷり挟まったミルフィーユを上手に崩して、一口放り込む。
「……どうですか?」
「悪くない」
「良かった」
ほっとすると、「ホントは甘いものより肉の方がいいけど」とぼそりと聞こえてきて、思わず慌てた。
「え!?」
そんな、せっかくお小遣い叩いたのに! 見た目は氷菓子のように綺麗なのに意外と肉食系!? ……やっぱり男の子だから肉の方がよかったか!
失態に頭を抱えていると、クスリと彼が笑った。
「百面相、面白い」
「! か、からかいましたね!?」
「何のこと?」
そう白を切るように笑った彼は、もう一口ミルフィーユを放り込んで、「美味しいね、これ。甘いけど」と言った。私は頬を膨らませたものの、その笑顔に免じて許す事にした。
私も頼んだレモネードを一口飲む。爽やかな酸味が喉を刺激した。心地いい午後の風が頬を撫でる。空を見上げると、パラソルが隠し切れなかった綺麗な青空が広がっている。ああ、生きているって素晴らしい。
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
しみじみ云うと、ユーリスさんはばつが悪そうに顔をしかめた。
「いいよ別に。何度もお礼言われると居心地悪い」
「……ごめんなさい」
「謝らないでよ」
その言葉に、またまた謝罪を繰り返しそうになった私は、慌てて言葉を飲み込んだ。
コーヒーを飲むユーリスさんを、ちらりと見る。
彼は気だるそうに目線を斜めに流して、私の事をまるで気にしてない。それをいいことに、度々彼の横顔を盗み見る。かっこいいなあ、なんて思いながら。
「なに?」
「いえ」
しまった、流石に気づかれたか。不審げに尋ねられ、慌ててレモネードに口をつける。
でも懲りずにまた見てしまう。やっぱりどこからどうみても美形だ。風になびく銀髪はさらさらで、俯いた輪郭は細く、少しだけ女の子みたいな印象を与える。まつげ多いな、うらやましい。
と、白パンみたいに真っ白な彼の頬に、うっすらと赤みが差した。
「そんなにじっと見つめられると、穴が開くよ」
恥ずかしげに睨まれる。
「あ、すいません」
反射的に謝って、ぽろりと無意識に唇から零れた言葉は。
「――なんだか王子様みたい」
「……ごほっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
思わず吹き出したユーリスさんに私は慌てて立ち上がって、ナプキンを差し出した。君のせいだ、と赤い顔のまま彼に涙目で責められ、言葉もなかった。
「そういえば、僕の名前、どうして知っていたの?」
しばらくして、落ち着いたユーリスさんが不意に尋ねてきた。
「え? だってユーリスさん、有名人ですもの」
「そ、そう?」
私の言葉に機嫌を良くしたのだろうか、頬を染めたまま口元を緩ませたユーリスさんは、それを誤魔化すようにフォークでミルフィーユをぐさりと刺した。力任せに刺されたお菓子は、当然ながら無残に形が崩れた。
ミルフィーユを口に放り込んだ彼は、ややしてその甘さに顔をしかめた。
「やっぱり甘すぎ。残り、君が食べてよ」
ずい、と差し出されるお皿。お皿の上には崩れたミルフィーユの残り。
「え、いいんですか?」
やったあ。内心喜んで、遠慮なくお皿を受け取った。
ミルフィーユの残りを平らげ、満足した私は不意に気になったことを口にした。
「話戻っちゃうんですけど、あの時、本当に偶然ユーリスさんが現れてくれてよかったです。あのままだったら私、リザードの餌になっていたところでした。でもユーリスさんはどうしてあの場に? 何か近くに用事でもあったんですか?」
あそこらへんは住宅街ばかりで立ち寄れるお店などはなかったはずだが。素朴な疑問だった。
するとユーリスさんは、突然顔をあげ、真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「ごめん、実は偶然じゃないんだ。君の事、ずっと見てたから」
「へ!?」
まさかのストーカー宣言か!? 慌てて聞き返すと、彼も自分の失言に気づいたようで顔を真っ赤にして慌てだした。あれ、最初のクールな彼は何処行った。いや、これはこれで美味しいけども。
「あ、あわっ、ちがっ。じゃなくて、す、ストーキングしていたわけじゃなくっ! その、街で偶々君の姿見かけて声かけようかと迷っていたら、君がリザードに井戸の中に引っ張られて……それで慌てて追いかけたんだ」
言い訳をするように必死で言い募るユーリスさんを、私はぽかんとしたまま見つめていた。
「マルシェで働いている君を見て、ずっと前から、気になっていたんだ」
恥ずかしげにそう告げる彼は、年頃の男の子と変わらない顔をしていた。
私はぽかんと口を開けて、びっくりしたまま言葉もない。そんな私を、ユーリスさんは照れ隠しなのか、じとりと睨みつけてきた。
「……何か云ってよ」
「え? ええと、すみません。驚きすぎて何を言えばいいか……」
「なにそれ、ずるいよ」
ユーリスさんは半分拗ねたような表情で頬を膨らませ、視線を伏せた。
そして、顔を上げた彼は私を見て、何かを思いついたように意味ありげに眉を上げた。
「ねえ、もう一つお礼貰っていい?」
「へ? お礼って……」
唐突に、頬に向かって彼の手が伸びてきた。突然の事に固まる私をよそに、彼の親指が口の端をぬぐってすぐに離れていく。なんかどさくさにまぎれて唇に触れられた気がする……。
離れた彼の指先に、先ほどのミルフィーユのクリームがついていた。やだ、口にずっとつけてたんだ。と、思った瞬間。
「えっ」
ぺロリ、とためらいもなくそのクリームを舐めたユーリスさんは、私が何をされたか気づいて赤面する前にガタリと立ち上がって、懐から出した硬貨をテーブルにたたきつけた。
(後になって、あれは本当はスマートに支払いをしたかったのだろうと思う)
「お礼、ご馳走様! じゃあ、またね!」
「あっ、ユ、ユーリスさ……」
そう告げて慌しく去った彼の背中を、茫然と眺める。
しかしバッチリ見てしまった、走り去る彼の耳が真っ赤になっていたことを。
なにあれ、可愛すぎ! 思わず悶えて、テーブルに突っ伏す。私は今日初めて知った英雄の意外な素顔に、にやけ顔を抑えることができなかった。
そのあまりの可愛さに、途中人にぶつかってフラフラしていたのを目撃した事は、目を瞑ることにした。