molest or treat
※ユーリス編と若干被ってます。こちらは長編夢主設定。
暗くなったルリの下町の通りを、早足で駆け抜ける。
軍議が長引き、約束の時間よりすっかり遅くなってしまった。
目的の酒場に辿り着くと、私は手に持っていた手紙に今一度目を落とした。
柔らかな、それでいて意志の強さを感じさせる文字が踊っている。
――午後七時、アリエルの酒場でお待ちしています。
そう、手紙には書かれている。
差出人はマナミア殿だ。
急に手紙が届いて戸惑ったが、別段用事もなかったので断る理由もない。
しかし既に時刻は午後八時。
急ぎの用事でなければいいが。そう思いながら酒場の扉を開けた。
「失礼、マナミア殿はいるだろうか――」
そう告げながら酒場の中に入ると、ちょうど正面に奇抜な格好の集団が目に飛び込んできて、思わず目を疑った。
「え? タシャ!?」
驚いたように振り返ったのは、ワンピース姿の……どうやらエルザのようだ。
隣にいた、白シャツに黒マント姿の男装をしたナマエが立ち上がって、不思議そうな顔で近づいてきた。
「どうしたの、何か用事?」
「ナマエ、その格好はどうした」
「これ? オーソドックスな吸血鬼だよ。ほら見て、偽物の牙もついてるんだ。よく出来てるでしょ」
と彼女は無遠慮に口元を見せびらかしてきた。顔の近さに思わず頬が火照る。
「わ、わかったから……。そんなふうにあまり顔を寄せるな」
「はいは~い……。で、タシャはなんでここに?」
「明日は非番とお伺いしまして、私がお誘いしましたの。タシャさん、どうぞこちらへ」
そう言ったのは、首にボルトをつけたマナミア殿。顔には縫合の跡を模したペイントがあり、首やら手首やら体のあちこちを包帯で飾られている。彼女もまた普段の様子からは考えられないほど奇抜な格好だ。
……いったいなんなのだ、この傭兵団は。
奇妙な仮装集団の中に足を踏み入れるのを戸惑っていると、マナミア殿が小首を傾げて言葉を続けた。
「今日はハロウィンパーティですのよ。よろしかったらご一緒しませんか?」
「ハロウィン?」
聞きなれない単語に眉を寄せる。エルザの隣に座っていた、背中に羽根の生えた妖精が口添えした。
「お化けに仮装した子供たちに、お菓子を配るイベントなの。お菓子くれなきゃ、いたずらするぞってね。お城にあった文献に書かれていたの。西の方での古くからの風習らしいわ」
否、妖精ではない。
「カナン様まで……。城を抜け出してきたのですか?」
思わぬ人に出くわし、つい表情が渋くなる。私の渋面を見てカナン様は悪戯を企む顔になって片目を瞑った。
「叔父様には黙っていてね」
お願い口調ではあるが、半ば命令のようなものだ。
「……承知しました」
渋々、頷くしかなかった。
「とはいっても、お偉い騎士様が庶民の娯楽を楽しめるかねぇ」
軽い皮肉を飛ばしてきたのは、赤毛の傭兵だ。獣のような耳と尾がついている。初対面で対立してからと言うもの、彼女とはお互いに印象はあまり良くない。まあ、仕方のないことかもしれないが。
「セイレン!」
小声でエルザが窘める。その横顔を見て、つい口に出さずにはいられなかった。
「エルザ。貴殿も、ひどい格好だな」
ちぐはぐなワンピースに、顔にはどうやら化粧を施しているらしい。それがまた似合わないことこの上ない。
「ははは……。そうだね、自分でもそう思うよ」
自分でもよくわかっているのか、エルザが苦笑して頭を掻いていた。
ほかのメンツを眺めてみると、クォークはエルザと同じくワンピースを着用。カボチャの被り物をかぶっているのはジャッカル。ユーリスは藍色のワンピースを着て、膝を抱えてうなだれている。
改めて見れば、異様な集団だった。この中には出来れば混ざりたくない、というのが本音だった。
しかし私は引っ張られるまま、椅子へと腰を下ろしてしまった。
「ということで。はい、これは私たちからです」
マナミア殿が可愛らしい包みを差しだした。包みから甘い匂いが漂っているところを見ると、おそらく中身は菓子だろうか。
「……かたじけない」
私が包みを受け取ると、それを目を輝かせて見つめていたカナン様が待ちきれない様子で口を開いた。
「受け取ったわね? じゃあ行くわよ? せーのっ」
『trick or treat!』
女性陣の声が見事に重なった。
が、私は訳が分からず、首を傾げるばかり。
「――は?」
「お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ? ってこと」
隣のナマエが、言葉を付け足す。
なるほどそういうことか。だがあいにく、今貰った菓子以外に差し出せるものがない。
「これは……?」
「それはダメ。自分で用意したものでなきゃ」
恐る恐る手元の包みを差し出そうとしたが、当然のようにカナン様が突っぱねる。
「……では申し訳ないが、今は持ち合わせがない」
そこまで言って、ようやく気づく。やられた……。このパーティの招待を受けた時点で、既に私は罠にかかったも同然だったのだ。
カナン様が待ってましたといわんばかりに、にっこり笑って何かを差し出してきた。
「じゃあ、はい! タシャはこれ着て!」
白い布のようなものを強引に押しつけられる。広げてみると、女物の寝間着のような物だった。
……まさか。
「これを、私に着れと……?」
嫌な予感を抱えながらそう尋ねると、カナン様は天使のように無邪気に笑った。
「サイズは大きめのものを選んだから大丈夫なはずよ。ね、着るわよね?」
「しかし」
私にも男としての矜持がある。
「……着るわよね?」
念押しするカナン様の目が据わっている。
権力を持つ者の、有無を言わさぬ迫力。これは従うしかないと本能的に察知し、私は潔く腹を括った。
「――承知、しました」
エルザたちの部屋を借りて、私は渋々鎧の金具に手を着けた。
鎧の留め具をはずしながら、漠然とした疑問が脳裏をよぎる。
……私はいったいここで何をしているのだろう。
おそらく考えても仕方のないことだが、考えずにはいられなかった。
『とはいっても、お偉い騎士様が庶民の娯楽を楽しめるかねぇ』
セイレンの言うとおりだった。
私は昔からこういう娯楽を楽しめない性分だ。
誘われて嬉しい反面、うまく彼らに溶け込めるか心配だ。もし私がいることで場の空気を悪くするようなことがあれば……それが何より心配だった。
鎧は付けるのも手間だが、脱ぐのも一苦労だ。なんとか全て取り外し下の服を脱ぐと、覚悟を決めて渡された寝間着に袖を通す
サイズは大きめと言っていたが、まず袖がきつい。胸元もぎちぎちで、リボンを緩めるしかなかった。胸元で引っかかった布地をぐいぐい下へと引っ張る。今にも破けそうだ。
それでも何とか最後まで着ると、部屋にあった姿見に恐る恐る自分の姿を映してみた。襟ぐりが大きく開いており、裾はふくらはぎあたりまである形の寝間着だ。ひらひらと可憐なレースで幾重にも飾られている。
「……」
布地はさらりとして心地よい。が、素足の足下が風を通して心もとない。
正直言って、ひどく似合わない。自分でも驚くほど、似合わなかった。
この格好で、あの場に戻れと……。
この後降りかかるであろう恐怖の時間を思って、私はがっくりと頭だれた。
「うわ、思った以上に似合わない」
下へと降りた私を見て、開口一番そう告げたのは、ナマエだった。
「……悪かったな」
憮然として腕組みすると、ナマエは堪えきれず吹き出して顔を覆った。
「そ、その格好で腕組みされるとやばいからやめて……!」
「ふん、笑うならば笑えばいい」
「とても素敵ですわよ」
らしくなくへそを曲げて顔を背けた時、とどめを刺すようにマナミア殿がにこやかに告げた。そして、ぽん、と手を打つ。何かを思いついたようだ。
「そうですわ。どうせなら、髪の毛もいじってしまいましょう。さあさあ座って、タシャさん」
「マ、マナミア殿まで……」
「ほらほら座った座った」
どうやら彼女も私で遊ぶ気満々らしい。ナマエに背を押されて椅子へと座ると、待っていたように髪を解かれた。
「ツインテールにしましょう。きっとお似合いですわ」
「あたしリボン持ってるぜ!」
セイレンが嬉々として声を上げる。
こうなってしまえば、女性にはかなわない。
「もう、好きにしてくれ……」
私は深いため息をついて、片手で顔を覆った。
しゅる、と髪紐を解く音の後、細い指がさわりと頭皮を掠めて髪を解していく。
自分ではない者の手が、いいように髪をいじるのをじっと耐える。
……私はあまり他人に髪を触らせたことがない。人に触られるのも苦手だ。
僅かな不快感を我慢していると、髪を指に巻き付けていたカナン様が楽しげに声を上げた。
「わあ、柔らかい。触り心地いい~。私の髪と全然違うのね」
カナン様のうっとりした声に、それまで私が好き勝手されている様子を眺めていたナマエが興味深そうに近づいてくる。
「私も触りたい。触っていい?」
意味深な台詞に心臓が跳ねた。が、もちろんそういった意図の台詞ではない。
しかし想いを寄せている人に触れられることが嫌なはずがない。むしろ大歓迎だが、それがうっかり顔に出ないように理性を総動員させねばならなかった。
「……好きにしろ!」
胸中を悟られないようやや乱暴に言い捨てると、伸ばされた彼女の手がそっと私の頭を撫でた。
「――っ!」
瞬間、ナマエが触れたところに電流が走ったような感覚が生まれ、たまらず強く目を瞑る。
憎からず想っている人に触れられ、身の内に喜びが湧き起こるのを堪えきれない。
ああ……駄目だ。顔に出すな、耐えろ!
ナマエは私の内心の葛藤などどこ吹く風で、くしゃりと髪を握ったり、梳いたりして手触りを楽しんでいる。
「ほんとだ。なんか……、犬みたい」
「おい、聞き捨てならんぞ」
流石にその台詞はないだろうと、じとりとナマエを睨んだ。彼女はふわふわとした顔で、悪びれなく謝った。
「ごめん。でもその格好、すごくかわいい」
絶句する。大の男が可愛いなどと評されて、喜べるわけがない。
その時、ふわりとナマエから甘ったるい酒の匂いが漂ってきていることに気づいて、思わず鼻に皺を寄せる。
「もう酔っているのか?」
「え……まさかぁ、酔ってないよ?」
そう告げる彼女の口調がおぼつかない。酔っていないよ、などと、まさに酔っ払いの台詞そのものだ。
そうこうしている内に、カナン様とマナミア殿の手により、私の頭は二つ結びに結われてしまった。
「似合わない! さいっこー!」
セイレンが両手を叩いて笑い転げている。
……笑い物にされるのは正直慣れていない。
途方にくれて、私は耐えきれず口を開いた。
「……もう、帰っていいだろうか?」
「なにを言ってるの、パーティはこれからよ。さあ飲んで飲んで」
「そして食べて、食べて、さらに食べましょう」
カナン様の台詞の後を、マナミア殿が引き継ぐ。
テーブルの上には城の料理にも劣らぬ豪勢な料理が並んでいる。
が、気になるのはテーブル向かいの二人だ。ジャッカル殿とセイレンが、顔を赤くして馬鹿笑いしている。
「もう出来上がっているのが数名いるようだが……」
「気にしないで!」
そうは言っても、気になるものは気になる……。
「さ、乾杯しましょう!」
促され、私はグラスを無理矢理持たされた。
パーティが始まると、打って変わって和やかな雰囲気になった。会話に花を咲かせながら、旨い料理に舌鼓を打つ。
私が場の空気を乱すのではないかという心配は杞憂に終わった。過ごす人が違えば、こういう行事もなかなか楽しいものだという事に気づかされた。
……しかし、それにしてもナマエの様子が気になった。受け答えは普段とあまり変わらないように見えたが、彼女が先ほどからずっと飲んでいるのは、度数の高いラム酒だ。
大丈夫なのだろうか。そろそろ止めた方が良くないだろうか。
そう思いながら、横あいから声をかけられそちらを振り向く。
視線を元に戻した時には、ナマエは目を瞑って僅かに船を漕いでいた。
「ナマエ、寝るのならば部屋へ行け」
「……うぅん」
遅れて返事が返ってくる。
様子に気がついたエルザが、気を回したのか声をかけてきた。
「連れていってあげなよ。タシャ」
そうしたほうがいいだろう。エルザの提案に頷きながら、私は立ち上がってナマエを促した。
「立てるか?」
しかし彼女は、うん、と生返事のみで、一向に立ち上がる気配がない。このままではここで眠ってしまう。
「仕方ない……」
私は彼女の腕を首に回し、膝裏に手を添え一気に抱き上げた。ナマエは小さく呻いて、私の首に両手を回して抱きついてきた。
女物の寝間着姿の男が、男装の女を抱えている。端から見ると、ひどくちぐはぐな組み合わせだろう。事実、セイレンが腹を抱えて笑っている。
ひとまず酔っぱらいは無視して、私はナマエを二階の部屋まで運び込んだ。
両手が塞がっているため扉を足で開けると、薄暗い部屋の中へと入った。
この部屋に入るのは初めてだ。やや手狭と感じる部屋に、ベッドが三つ並んでいる。
事を致すにはお誂え向きのベッドに、酔って前後不覚になった想い人が丁度首に抱きついている。
その事実から目を背けるように、私はすぐ側のベッドにナマエをそっと降ろした。
だが、彼女は私の首に抱きついたまま離れない。
「ナマエ、着いたぞ。手を離せ」
そう言った瞬間、ぐい、と思いも寄らぬ強い力で引き倒された。
「なっ……!?」
体がベッドに沈む感覚を味わいながら、私は何が起こったのか分からずに混乱した。
気がつけば、いつのまにかナマエが私の上に馬乗りになって、顔をのぞき込んでいる。
「ふふ……、びっくりした? trick or treat! ってね」
瞳をきらきら輝かせながらそう言うものだから、堪らない。だが、酔っぱらいの悪ふざけに付き合うつもりは毛頭なかった。
「悪戯はもう散々しただろう。いいから手を離せ」
「やぁだ。お菓子くれなきゃ、いたずらしちゃうよ」
聞き分けの悪い子供のように言って、彼女は笑う。密着したところからナマエの熱が伝わり、嫌が応にも鼓動が速まっていく。
心臓の音がうるさい。
「馬鹿なことを、……っ!?」
首筋に訪れた熱い感覚に、思わず声を詰まらせた。酒の匂いが混じった彼女の甘い香りと、熱い吐息をすぐ近くに感じた。湿った柔らかな唇が、肌に吸いついてくる。偽物の牙が首筋に当たった瞬間、全身を雷に打たれたような感覚が走って、硬直した。
「タシャの血、ちょうだい?」
くすくす耳元で笑われる。その刺激でさえ強烈な官能となり、私は抗うように声を荒げた。
「ナマエっ、よせ!」
彼女は私の拒絶などどこ吹く風で、次々と肌に唇を落としていった。首筋から始まり、胸元、喉仏、鎖骨のくぼみ、耳の裏。ナマエの髪が肌を擽り、吸いつかれる度ちくりと痛みが走り、それが快感となって声をあげそうになる。気が狂いそうだ。
「やめろ……っ、ナマエ……うっ」
次第に声は弱々しくなった。ナマエを止めるために掴んだ彼女の両腕を、痛いほど強く握りしめていることに自分では気づかない。
下肢に熱が堪ってきている。息が上がった。
彼女を抱きしめたい。ナマエをベッドに押しつけて乱暴に唇を奪い、この高ぶりをむちゃくちゃにすり付けたい。彼女の中に押し入って、思い切り喘がせたい。
――くそ、馬鹿なことは考えるな!
「んふ、肌真っ赤だよ? タシャ」
妖艶に笑うナマエに、私は暴れる欲望を抑えて最後通牒を突きつけた。
「取り返しがつかなくなる前に、離せ!」
が、そんな私の必死の決意もむなしく、彼女は私の頬を撫でながら目を細めて笑った。
「――赤くなっちゃって、かぁわいい」
絶句する。心の奥で、理性の箍が外れる音が聞こえた。やはり、彼女は最初から酔っていたのだ。
……もういい。抗うのは、やめだ。
ああ、何故扉に鍵をかけなかったのだろう。数分前の自分の行動が悔やまれる。
ここで彼女を押し倒しても、誰かが様子を見に来るかもしれない。だがもう知るものか。後で恥をかくのはナマエだ。彼女はその罰を受ける資格がある。
「……私は一応止めたからな。後で後悔しても、知らんぞ」
我慢は終わりだ。
今度は私が彼女を味わう番だ。
私の上で馬乗りになる彼女と態勢を入れ替えるべく、ぐっと細腰を掴む。
前触れもなく扉が開いたのは、その時だった。
「あ、やっぱり」
ひょい、と扉から顔を出したのは、ユーリスだった。突然の闖入者の存在は、沸騰していた私の欲望に水をかけた。
彼は私たちの様子を一目見て、事態を把握したようだった。
「遅いから見に来てみたら……あんたも襲われたんだ」
彼は臆する様子もなく私たちに近づいてくると、ナマエの肩を掴んでゆさゆさと揺らした。
「ほらナマエ、タシャが困ってるだろ」
「んー、ユーリスぅ?」
ナマエが顔を上げ、引っ張られるまま上半身を起こした。密着していた熱が消え、束の間の喪失感を味わう。
彼女は私の上から渋々降り、促されるままベッドに横になった。
ユーリスが手際よく彼女のマントと靴を脱がしている傍ら、私は先ほどの彼の言葉が引っかかって尋ねた。
「やっぱり、と言うことは、まさかユーリスも?」
「うん。タシャが着替えている時に、やられた」
「……」
その言葉に、頭が冷えた。なるほど、被害者は私だけではなかったのだ。
……散々私を弄んでおいて、その上他の男にも絡んでいたとは。
「ほんと、たちの悪い酔っぱらいだよ」
「……そうだな。全くもって、その通りだ」
酔っぱらいとはいえ、少々度が過ぎるのではないか? ナマエ。
彼女の気の抜けた寝顔を見下ろしながら、私の中で静かに復讐心に火が付いた。
そのまま大股でエルザの部屋へと足を踏み入れると、寝間着を脱ぎ、髪をほどいた。
興奮した下半身が静まるまで待つ余裕もなく、手早く元の服と鎧を身に纏う。心が乱れていたためか、多少仕上がりが乱雑になった。
それでもなんとか着替え終えると、髪を一つ結びに結わえて部屋を出た。
「あれっ? タシャ、帰るのか?」
階段を降りて扉へと向かおうとすると、私に気がついたエルザが声をかけてきた。
「ああ、失礼する」
一言だけ告げ、私は酒場を飛び出した。
外へ出ると、夜の冷気が頬を撫でた。火照った体が少しずつ落ち着いていく。
「……城へ戻らねば」
呟いて、重い足取りで歩き出す。
歩く内にだんだんと苛立っていた心も落ち着いていき、部屋に辿り着く頃には頭はすっかり冷えていた。
……あれは、悪ふざけだったのか。
それとも、酔った勢いの気まぐれか。
どちらにせよ、私の心を弄んだことに変わりはない。
鎧を脱ぎ、部屋の中央に鎮座するベッドに腰掛ける。
つい先ほど私の身に降りかかった出来事を思いだし、思わず腹の底からため息が出た。
彼女の熱が、吐息が、指先の感触が、何度も思い出されては胸を締めつける。
とにかく彼女だけは……許してなるものか。男の矜持と、そして初心な恋心を弄んだ罪は重いぞ、ナマエ。
なにか仕返しを考えなければ、このままでは気が収まらなかった。
だが考えても考えても、完全に浮かれた頭では良い案は思いつかず。
悩みに悩み抜いた末、結論が出ずにそのまま寝落ちしてしまった。
――その夜、夢にまで現れたナマエに、再び翻弄されるはめになったのは言うまでもない。