花の舞い




 城門前広場に足を踏み入れると、花のようなドレスで着飾った人々があちこちで楽しげに笑いさざめいていた。ナマエはおかしいところはないかと自分のドレスをちょっとつまみながら、その光景を眺めていた。
 今宵、城門前広場で夏至祭が催されたのだった。


 夏の収穫を祝い催される祭りの最大の見所は、男女入り乱れて行われるダンスだ。建物の軒下には屋台が連なり、気が早い客がもう酔って顔を赤くしている。食べ物の良い匂いがあたりに充満していた。
 街中の人が総出したのではないかと思われるほど、広場は人でごった返していた。広場の一角には楽団。楽器を確かめるように音を鳴らしている。

 そんな中、ナマエはドレスを捌きながら、人を掻き分けていた。あまりの人いきれに茫然とし、ひょいと後ろを振り返ったら、一緒に広場までやってきた仲間達の姿がない。はぐれてしまったのだと知って、慌ててあたりを探して回った。
 貸衣装屋で急遽借りたドレスが胸元を窮屈に締め付ける。この格好でうろつくのはあまり得手ではない。サーモンピンクのシルクのタフタ。灯りに反射して襞がさざめく。
ナマエ
 回る視界の中、誰かが自分を呼んだ。
 振り返るとそこに凛々しい白騎士の姿。
「タシャ」
 息を弾ませながら名を呼ぶと、彼はぼうっとした顔で目を眇めた。
「見違えた」
 照れ隠しに笑い、ナマエはドレスの裾を持ち上げながら彼に近づく。
「城下に下りていたんだ。祭りを見に?」
「ああ、トリスタ様と一緒にな」
 そうなんだ、と答えながら視線はきょろきょろと仲間を探す。
「どうした、誰を探している」
「仲間達をね。はぐれたみたいなんだ」
 するとタシャは苦笑して、振り返って角を指差した。
「あそこの角の屋台の下で見かけたぞ」
「本当? ありがとう」
 ナマエは顔を輝かせて礼を云い、踵を返そうとした。タシャがその背を慌てて呼び止める。
「待て、今宵のパートナーはもう決まっているのか?」
 え? とその質問に瞬いて顔を上げたとき、ふいに背後から手首を取られて焦った。振り返ると、眼帯をした少年の姿が。
「残念だけどパートナーは僕なの」
「ユーリス」
 名を呼ばれた少年は、顔をしかめて苦言を呈した。
「行くよ、ナマエ。まったく君ってばちょっと目を離した隙に迷子になっているんだから」
「ああ、うん」
 ごめん、と軽く謝罪する。どうやら探しに来てくれたらしい。
 ナマエはタシャに振り返って、別れを告げた。
「ごめん、また後で」
 ああ、と名残惜しそうな声が、それに応えた。


 はぐれないようにとの配慮からなのか、掴んだ手首はそのままユーリスはナマエを仲間のもとへと誘導する。途中振り返って、薄着のナマエを気遣うそぶりを見せた。
「寒くない?」
「大丈夫だ」
 人の熱気で熱いくらいだ。ユーリスは再び前へと視線を戻して、ややぶっきらぼうに告げた。
「そういう格好も意外と似合ってるね」
「意外とってなんだ、意外とって」
 ナマエは、むっとして唇を尖らせる。
「私だって着飾ればなんとか見られるようになる」

 仲間のもとへとたどり着くと、セイレンが早速一杯やっていた。マナミアは珍しい屋台の食べ物に夢中だ。クォークが頭を抱え、エルザがそれを見て苦笑している。ジャッカルはお留守のようだった。
 パートナーとは云ったが、あってないようなものだ。祭りらしく着飾ってはいるが、それぞれ好きな事に夢中になっている。
 そうこうするうちに楽団の指揮者がしかつめらしくお辞儀をした。そして指揮棒を一振り。ゆるやかなワルツの音楽が始まった。
 人々がざわざわとざわめき、噴水の前に集まった。噴水を丸く取り囲んで男女が向かい合い、お辞儀をする。そして手を取って、軽やかに踊りだす。
 ダンスは自由参加型らしく、老若男女が入り乱れていた。
「始まったな、ダンス」
 人々がダンスに興じる様を壁際で眺めながら、同じく壁際に佇むユーリスへと声をかけた。
「踊らなくていいのか?」
「そういうの、苦手」
 エルザはマナミアを誘ってダンスに飛び入り参加したようだった。本当はカナンとダンスを踊りたかったところだろうが、彼女は今頃城内で主催されている舞踏会で婚約者とともに踊っているかもしれない。
 ジャッカルは街の女の子を誘っているようだったし、セイレンはクォークをがっちり掴んで酒に興じている。折角のドレス姿なのにもったいない。
 踊りの輪の中に、トリスタの姿が見えた。彼は一人の可愛らしい老女相手に楽しげにステップを踏んでいた。
 しばらく踊りの輪を眺めていると、ふいに喉が渇いたのか、ユーリスが足を一歩踏み出した。
ナマエ、僕飲み物取ってくる、待ってて」


 ユーリスが行ってしまうと、ナマエは手持ち無沙汰であたりを眺める。楽団の音色が優雅なものから軽やかなものに変わった。ポルカだ。
ナマエ
 呼ばれ、顔を上げる。ユーリスの声ではなかった。
 タシャが立っていた。口元に穏やかな笑みを浮かべている。
「踊らないのか?」
 ナマエは目の前に立つ人物に何故だか気後れして、半目を伏せた。
「うん」
「壁の花か、もったいないな」
 そう苦笑すると、タシャはおもむろに優雅な仕草で腰を折ってみせた。
「よろしければ、このわたくしめとともに踊っていただけませんか?」
 思わずぎょっとする。まるで淑女のように誘われ満更でもないが、ナマエは尻込みした。立派な騎士からのお誘い。せっかくドレスアップしたのだ、彼女とて一曲くらい踊りたい気持ちがあった、が。
「……うまく踊れないかもしれない」
「私がエスコートする」
「あんたの足を踏むかもしれない」
「そんな柔な足ではない」
 顔を見合わせ視線があうと、小さな悪戯がばれた時のように笑い交わす。タシャがはにかんだ。


「タシャ、何しているの?」
 振り返ると、飲み物を手にしたユーリスが。タシャが表情を改めた。
「ユーリス殿、彼女をダンスに誘ってもいいだろうか」
「は? ダンス?」
 顔をしかめたユーリスに、ナマエは笑いを引っ込めて、せいぜい真面目な表情を取り繕って尋ねた。
「折角の祭りだし、一曲だけ踊ってきてもいいかな」
 ユーリスの表情はあまり色よくない。ダメだと云われるかと思ったが。
「一曲だけだからね」
「分かってる」
 どうにかお許しを得て、差し出されたタシャの手を取った。


 淑女のように手を引かれ、噴水の前へと進み出た。
 踊りの輪の中に入ると、軽やかなステップを踏んだ。タシャのエスコートは完璧だった。
 ドレスの裾が翻り、手と手が合う。力強い腕が腰を支え、タシャのけぶるような碧の目が優しくナマエを見詰めている。ダンスに頬を上気させ、笑い交わしあう。
 付け焼刃で覚えたステップにしては中々上手く踏めた。少なくともタシャの足を踏むような失態はしなかった。酒場を出しなに、アリエルに教わったステップ。彼女も酒場が一段落したら、きっと祭りに参加するだろう。
 一曲で終わるはずが、楽しくて二曲三曲と続けて踊ってしまった。
 ちらと視界の端を見れば、ジャッカルがセイレンを誘って踊りの輪の中に入ったようだった。マナミアは今度はクォークと踊っている。
「上手いではないか、驚いた」
 ターンをしたナマエを腕に納めながら、タシャが楽しげに尋ねた。
「そう?」
 ああ、とタシャが頷く。
「運動神経がいいからだな。中々堂に入っている」
「ふふ、褒められると悪い気がしないな」
 微笑んで世辞を受け取る。
 ふと、タシャが真面目な表情になってナマエを見下ろした。
「このままずっとお前と踊っていたい」
 手と手があって、ぎゅ、と握られる。
「なにを」
「ユーリス殿の下に帰したくない」
 ナマエは一瞬、高鳴った胸にどきりとして足を止めた。
 とさりとタシャと体が触れ合って、見詰め合う。


 ぐい、と背後から手を取られたのは、その時だった。気がつけばナマエはユーリスの腕の中に居た。
「はい、返して貰うよ」
「わ、ユーリス」
 踊りの輪の中に強引に入ってきたユーリスは、そのままナマエの腕を取って踊りはじめた。
 立ち尽くしているタシャが遠ざかっていく。彼は残念そうな笑みを浮かべてこちらを見ている。ナマエは名残惜しそうにそれを見送りながら、視線を目の前の少年へと戻した。
「中々帰ってこないから、僕まで来る羽目になったじゃないか」
「悪い」
 ナマエは軽く謝って、相手の足を踏まないようダンスに集中した。
 何度かぶつかってコツを掴んだのか、徐々にユーリスのエスコートの手がなめらかになる。意外にも少年はダンスを楽しんでいるようだった。
 一曲終わる頃には、軽やかなワルツに任せて楽しく踊れる程度には上達していた。音階が変わった。今度はしっとりとしたダンスミュージック。
 手を取られる。腰が密着して、ナマエはすぐ近くにユーリスの吐息を感じた。ふふ、とユーリスが不意に笑った。
「やってみるとダンスもいいもんだね、あれこれ理由付けずに君に密着できる」
「変な事考えてるんじゃないだろうな」
 む、とユーリスが眉をしかめた。
「失礼だな、そんなこと考えてるわけないじゃない」
 顔を見合わせ、クスクス笑いあった。


 リュードをかき鳴らし、曲が終わった。
 ペアだった男女が互いに一礼し、解散する。どうやら休憩が入るようだった。
 ダンスで火照った体を冷やすため、壁際のベンチへと腰掛けた。そこへ飲み物を持ったユーリスが追いかけてきた。礼を云って飲み物を受け取ると、一口喉に流し込む。炭酸が喉を刺激した。
 どうやらアルコールが入っているらしい、頬がぽやりと熱を持った。気分が良くなってもう一口流し込む。ナマエは隣に座るユーリスを見て、上機嫌に笑った。
「ユーリスが踊るなんて意外だったな」
「僕だって意外だよ」
 云いながら、ユーリスが盛大にため息をつく。
「ああもう、君に関わるとこれだもん、嫌になるよ」
「なんだそれは、私が関わると碌なことが起きないってか」
 流石にむっとすると、ユーリスが意味深に視線を流した。
「君から目を離せないってことだよ」
 ふと、くしゃりと笑って。
「君の居場所は僕の隣だよ、パートナーさん」

 華やかな夜の宴はまだまだ続くようだった。