渡る世間は




 ――その日、彼は晴れて学院の修士課程を終え、外の世界へと旅立ったのだ。
 そして、初めに訪れたリージョンで、変な女(ブルー談)と出会う事になる。

 世界にある術の資質を集め、片割れである男を殺せ。これが、キングダムが術士ブルーに課したものであった。
 そうやって、今まで幾人もの双子が世に送られたが、無事にそれを果たして帰還するものは稀だと言う。一重にそれは、資質集めがいかに厳しいものであるのかということを物語る。資質集めの途中で露となり果てるか、あるいは別の生きる目的を見つけたか、理由は人それぞれだが、つまりはこれは選ばれた者だけが突破できる試練なのだ。
 己こそが選ばれた者だ、学院においても常にトップの成績にあったブルーは、キングダムが課した使命をなんら疑問に思うことはなかった。人殺しさえも厭わない。
 キングダムの術士ブルーは、容姿秀麗、端正な顔立ちと、月夜に映える銀糸の髪、冷え冷えとしたアイスブルーの瞳の持ち主であったが、しかしその性格といえば一転し、資質莫迦で、根暗で、冷酷で、さらに鬼畜だった(とある同級生談)
 そんな根暗野郎、もとい、ブルーがまず降り立ったのは、ルミナスの地だった。この地では、陰術と陽術の資質が得られる。だが、両方得られるというわけではない。二つの術は相反する性質を持つので、どちらかを選ばなければならないのだ。
(やはり、回復術がある陽術の方がいいか)
 ――それに、陰術よりも陽術の方の響きが恰好良い。
 なんか理由にしてはえらい粗雑な理由だ。それで良いのかキングダムの術士。
 などという外野の密やかなツッコミも華麗にスルーし、ブルーは陽術の舘を訪れた。
 神秘的な光に包まれた室内。
 ブルーは早速試練を受けようと、一歩足を踏み出した。その時――。
「キングダムの術士さん?」
 やたらと明るい声が、ブルーを呼び止めた。忌々しく思って振り返ると、そこににこやかな表情の女がいた。背には剣、剣士だろうか。
 ブルーの眉間に皺が刻まれる。
「何だ、貴様は」
 不機嫌そのままの声で問うと、女はしかし躊躇う様子もなく近付いてきた。
「ああ、やっぱり、その恰好は術士さんだ。これから陽術の資格を取りに行くんでしょう? 良かったら、雇ってくれません?」
 いきなり親しく話し掛けられ、ブルーは戸惑った。なんだ、いきなりコイツは。
「雇うだと? 一体誰をだ」
 女の気迫に押されてそう問うと、待ってましたとばかりに、にぃっこり、と笑った。所謂営業スマイルというヤツだったが、旅慣れてないブルーには、女の狙いがさっぱり分らなかった。
「私を、護衛としてです。ホラ、マジックキングダムの術士って利用価値が高いとかで、狙われることが多いじゃないですか? だから近頃キングダムの術士さんを護衛する商売が増えてきているんですけど。……あれ、知りませんでした? あ、じゃあ最近卒業して外に出てきたばかりなんだ。学院の修士って、卒業するまで外のリージョンに出ないって本当なんですね。ああ、すいません話が逸れた。それでですね、ええっと何処まで話したっけ……?」
 べらべらベラベラ、良く回る舌だ、などと感心している場合ではない。所謂これはキャッチセールスというヤツか、とどこかずれて納得をしたブルーは、こんなヤツに掴って有り金巻き上げられてはたまらないとばかりに、さっさと術の試練の手続きへと向かった。そういえば、怪しい人に声を掛けられたらまずは疑え、と愛読書『リージョンの歩き方』に書いてあった。
「結構だ、失礼する」
 しかし、女はしつこかった。慌ててブルーのあとを追いかけて、セールストークを続ける。
「あ、ちょっと待ってくださいよ。私、ナマエって云いまして、剣から体術、銃までこなせるから結構お買い得……」
「煩い、他を当たれ」
 問答無用。ブルーは女を一蹴し、さっさと試練の間に向かった。



 何とか陽術を獲得し、その後もブルーの一人旅は続いた。しかし、旅が進めば進むほど、一人旅というのはやはり辛くなってきて。
 そんな折、ルーンを求めてクーロンに降り立ったブルーは、またあの変な女と出会う事になる。


 ――油断していた。
 クーロンは犯罪が多い街だ。知っていたのにも関わらず、ルーンの情報集めに気を取られていた。
 だから、ブルーが気付いた時にはもう既に囲まれていた。術士を狙うヤツらがいるとはあの女も言っていたが、まさか自分が狙われるとは。
 流石に、数が多い。ブルーは舌打ちをして、敵と向かい合う。これでは、下位の術だけでは対応しきれないだろう。
 しかし、とブルーは喉を鳴らし、集中力を高めた。彼の持つ最大の術をもってすれば、突破できなくもない。だが、その強力さゆえに、まわりの建物も巻き込んでしまう可能性がある。
(やるしかない)
 やらなければ、やられるのみ。向かってくる敵に応対しながら、ブルーは頭の中で一度術をばらし、より強力なものとなるようまた術を組み立てた。
 それが形となり、光を放ちはじめる。
「ヴァーミリオン……っ!」
 ブルーが術を解き放とうとしたその瞬間。
「どいてください!」
 がっ、と音がし、いきなり飛び込んできた影に、ブルーは呆気にとられた。せっかく頭の中で組み立てた術も、突然の闖入者のおかげで崩れてしまう。
「貴様、邪魔をする気か」
 と、苛立たしげにそう云えば、影は笑って次々と敵をねじ伏せていった。その銃を操る手並みは鮮やかで、流石護衛にどうだと豪語していただけのことはある。
「住宅街であんな大技使う人がいますか。あ、そうそう、美人の術士さん、お久しぶりです」
 振り返ったその顔に、ブルーは見覚えがあった。貴様は、と眉宇を顰めながら呟いた。
「いつぞやの押し売り女か」
「なんですかその不名誉なあだなは」
 女の顔が不機嫌そうに膨れる。くつりと笑ったブルーは、自らもまた術を唱えて敵を捕縛した。
「名前を知らんから、仕方ないだろう」
「あ、ひどい、私ちゃんと名乗りましたよ、ナマエって」
 そうだったか、とブルーはそ知らぬ顔で、最後の敵を吹き飛ばした。


 ナマエと名乗った女は、倒した敵の懐から容赦なく金銭を頂戴していく。がめつい女だ、とブルーが皮肉るも、笑うだけだった。
「仲間の方は?」
 駆け回って体力を消耗したのか、肩で息をするブルーに、ナマエは今さっきくすねた回復アイテムを手渡す。ブルーは、それを無言で受け取った。
「いない」
 ブルーがぼそりと云えば、ナマエは呆れたように溜息をついた。
「一匹狼でも気取っているんですか? 一人くらいはお仲間がいた方が良いと思うんですけど」
「放っておけ」
「放っておけますか、この程度でバテられてちゃあ。そんな細っこい体で、ちゃんと食べているんですか?」
 その言葉に、プライドだけは無駄に高いブルーはぴくりと米神をひくつかせた。余計な御世話だ、と睨む。
「なぜ俺に構う? 護衛だったら、俺の他にも、キングダムの術士は居るだろうが」
「一目惚れって云うのはどうでしょうか?」
 にっこりと笑って言ったナマエだったが、すぐに絶対零度の声が降ってきた。
「下らん」
「あ~、はいはい、つまらない冗談でしたね。これだから、つれない美人さんは……」
 ぶつぶつと呟くと、おもむろに立ち上がった。どうやら、ブルーを勧誘するのは、諦めたらしい。

 ブルーは、その横顔を眺めながら忙しく頭の中で計算した。あれほどの銃の使い手だ、剣も使えるようだったし、あの煩い性格を除けば、仲間にしても良いかもしれない。それに案外美人だ。
 今にも去っていこうとする背中を、ブルーは、おい、と呼び止めた。
「お前を雇ったら、報酬はどの程度望みだ?」
 その言葉に、ナマエの顔がにわかに明るくなったが、ブルーが「まだ雇うとは云ってない」と釘をさしたので、すぐにまたかくりと肩が落ちた。
 気を取り直して、何処からか出したのか、ナマエはぱぱっと電卓を弾いてブルーに突き出した。
「えーと、このくらいでどうでしょうか?」
「高い」
「ぐっ、これでも相場以下……」
「それの半分なら雇う」
「ええっ!? そんな殺生な」
「なら結構だ」
「あ~あ~、ちょっと待って別嬪さん!」
 これ以上は無駄だとばかりに去っていくブルーを、ナマエは慌てて呼び止めた。
「アンタ本当に旅初心者? 意外と商売上手というか……」
 お客の意外な手腕に呆れたように頭を掻く。
「ま、たまにはいっか。てなことで、交渉成立!」
 パン、と手を叩き、ナマエは握手をすべく手を差し出した。
 ……しかし、それは素通りされる。
「ちょっと美人さん~」
 つめたいよ、とがくりと肩を落としたナマエに、ブルーはシニカルな笑みを浮かべた。

「ブルーだ」

「へ? あ、ちょっと」
 ナマエがぱちくりしている間に、ブルーはさっさと行ってしまう。
 なんとも冷たい仲間に、なんか人選間違えたかなぁ、と首を傾げつつ、ナマエはそれを追うのだった。


 こうして、ブルーと愉快な仲間達の旅が始まるのだった。