寒中




 建業に大雪が降った。
 その日交通路は大混乱し、登朝できなかった武官文官が大勢いて、行政府が麻痺した。本来朝には来るはずの執務が滞り、暇をもてあましたナマエは凌統を誘って城の中庭へと来た。
 中庭は雪で覆われていた。ゆうに脚のくるぶしまで雪で覆われている。
「すごい雪だな。足元まで埋まるなんて、初めてじゃないか」
 白い吐息を吐きながら、ナマエは云った。
 建業がここまで大雪に見舞われたのは初めてのことだった。いつもはうっすら積もって終わりだったから、ここまで降るのは珍しいことだった。
 足元の雪を掬って、きゅっと手で握り締める。握り締めたそれははらはらと落ちていった。
「ふかふかだな」
 それだけ寒い証拠だろう。ナマエは再度雪を掬って今度は両手で玉を作るように握り締めた。そしてそれを雪に覆われた樹を見上げて佇んでいた凌統に向かって投げつける。
「えい」
 ぱふ、と小さな音を立てて、凌統の腕に当たった雪の玉は砕けた。
「おい、なにすんだよ」
 抗議ににやりと笑い、ナマエは雪を掬って次の雪玉を握る。
「雪合戦だ、公績」
 へえ、と凌統は声をあげた。
「めずらしいね。あんたがこういうことすんの」
 そして皮肉じみた愉しげな笑みを浮かべる。
「いいぜ、付き合ってやるよ」


 とは云え、二人きりだと白熱するものも白熱しない。一球一球ゆるくなげあう戦いはしばらく続いた。その戦いに終止符を打ったのは、突如として響いた声だった。
「おっ、楽しそうなことしてるんじゃねぇかよ」
 振り返るとそこに、この冬の寒い日であっても半裸であることを曲げない男。
 ナマエは呆れ半分感心半分、声を上げた。
「甘寧殿、相変わらずの格好で」
「へへん、たとえ雪がふろうとも俺はこのスタイルを貫くぜ」
 ビシリと己を指してポーズを決める甘寧に、あははとナマエは笑った。
「流石です、甘寧殿」
 と、横合いからしれっとした声が。
「単に莫迦なんじゃねえの?」
「んにゃろう、云ったなこの野郎」
 甘寧はすかさず足元の雪をぎゅっと押し固めて、勢い良く凌統に投げつけた。硬い雪玉が足元にはじけ、凌統は飛び上がって抗議の声を上げた。
「ぶっ、いてっ。なにすんだよてめっ」
「あはは、やられたな公績」
 悪友達のやりとりにナマエは弾けるように笑った。
 凌統はにやりと口の端を吊り上げ、不敵に笑みをこぼした。
「やりやがったな、覚悟しろよ」

 凌統、対甘寧とナマエという構図が出来上がり、白熱した戦いが続いた。お互い雪だらけになったところで陸遜が甘寧を探しに来て、それに甘寧が連行されていったところで終わりを告げた。
「あー、遊んだ遊んだ」
「楽しかったな、公績」
 ため息をついてそういえば、凌統も頷く。
 ふと凌統が思いついたように顔を上げた。
「そういえばさ、先に渡しておけばよかったんだけど……」
 と云って、この中庭に誘った時から携えていた包みを拾い上げ、それをナマエに手渡した。
「あんたいつも何も手に付けないで城に来るだろ」
 手渡されたそれを広げると、そこには羊革の手袋があった。中が毛皮になっているそれは、もこもことしてとても暖かそうだ。基本的に暖冬の建業では手に入りにくいものだ。
 ナマエはその包みの中身を見て、声を上げた。
「公績、これ……」
「大事な手だからさ、いたわってやんなよ」
 ナマエは礼を云って、大事そうに包みを小脇に抱えた。
「かたじけない。明日からつけさせてもらう」
 それにしても、登朝する時のことなんて良く知っているものだ。ナマエは感嘆のため息をついた。
「公績は私の事をよく見ているのだな」
「大事な恋人のことだからな」
「こっ、」
 さらりと告げられた言葉に慌てる。
 凌統はナマエの慌てっぷりを受け流して、先ほどまで雪玉を握っていた手先を掬い取って目の前に晒した。
「あーあ、手が真っ赤になっちゃって。可哀想」
 執務を取る大事な手だ。凌統のそれと比べてナマエの手先は頼りない。
 はあ、とナマエの指先に息を吐きかけ暖を取ろうとする凌統がくすぐったく、彼女はむずかゆそうに口元を歪めた。
「甲斐甲斐しいな」
「おいおい、他人事だな。世話を焼かせるのは誰だっけ?」
「私だな」
 云って、ナマエは笑った。
「ふふ、ありがとう。恩に着る」
「恩に着るんならこの後あんたの部屋でお茶でもご馳走してくれませんかね」
「ああ、喜んで。美味しい茶を馳走しよう」
 中庭を後にし、ナマエの部屋へと向かう二人。
 この静かな朝が続くのは、あと少し。