勇ましき織姫の贈り物




「――ナマエ将軍より御使者が参っております」

 それは、乞巧奠から半月ほど経ったある日のことであった。



 来客の報を受けた凌統は、珍しく邸でのんびりと読書中であった。趣味の良い色合いの服を下品にならないように着崩し、いつもは高く結い上げている髪は今日はゆるりと飾り紐で結われている。その出で立ちは何処からどう見ても完璧な良家の主人、はたまたは貴族の青年といったところだろうか。だがどうしてその中身は、いつも甘寧相手に子供のような喧嘩を吹っかけ楽しんでいる意外と茶目っ気のある青年なのだが。
 そんな凌統将軍、実はこのところ内心なんとなく落ち着かない日々を送っていたりする。それというのも先の乞巧奠にて、とある約を取り付けた相手からの連絡がいつまで経っても一向に来なく、一体いつになったら約定を果たすのだと少し苛立っていたところだった。まさかすっぽかす気か、半ば強引に約を押し付けた覚えがある凌統はその可能性も大いにありなん、とは思ったものの、しかしその相手というのがこれまた生真面目な性格で、黙って約束を反故にするなどとは到底考えられなかった。
 そうしてその相手というのがつまり、呉軍きっての勇猛果敢な女将軍・ナマエであり、故に凌統は家人の口から彼女の名が出たときには、思わず長椅子から無様に転げ落ちそうになったほどのドッキリを受けたのであった。
 だが、しかし哀しいかな家人が告げた来訪者は、本人でなくその使者。凌統は一瞬浮かれた己に誰にともなく取り繕うように咳をし、長椅子に居住まいを正してその使者とやらを招き入れた。
「――失礼致します」
 居間に入ってきた使者の顔を一目見て、凌統は片眉を上げた。対する人物は、まるで軍人の鏡のようにびしりと凌統にむかって完璧に敬礼し、深々と頭を下げた。
「凌統将軍におかれましては、ご機嫌麗しく」
 そう堅苦しく口上を述べる男は、凌統も知った顔のナマエ将軍の副官である。ここ最近でめきめきと出世し、近頃ではよくナマエの傍にいる姿を見かけている。真面目で実直だが、冗談の通じない面白みの無い男だ、とは凌統の感想だ。
「おいおい、別にそんな畏まらなくともいいぜ。何か用があって来たんだろ?」
 凌統が彼の大仰な仕草に内心辟易しながら座を勧める。彼の上官であるナマエもそこそこ堅苦しいが、彼はさらに環を掛けて堅苦しいようだ。
「はっ、では失礼します。早速此方を、我が主より凌統将軍に。約束の品、だそうで」
 彼はそう言って、小脇に抱えていた箱をすっと凌統に差し出した。約束の品――、やはりこの用件だったのか、凌統は差し出された箱の奇妙なほどの美しい装飾に一瞬目を細めたが、次の瞬間には何でもないかのようにニッと笑って小箱を受け取る。しかし、内心で気になったのは、この贈り主の将軍だ。凌統が知る彼女の性格からすれば、人をやって届けるのではなく自ら届けに来そうなものだが。
「ああ、わざわざどうも。――で、アンタが此処に来たってことは、ナマエ将軍は今お忙しいわけだ?」
 と、木箱を弄る凌統のごくさりげない問いに、はっ、とナマエの副官は頷いた。
「我が主は本日、大都督とともに巴丘の方へと視察に出ております」
「へえ」
 ……そりゃ初耳だ。あいつ、行くにしたって一言くらい言ってくれてもいいじゃないか薄情者め。
 と、しかし内心の不機嫌さは見事に押し隠しながらあくまで凌統は気のない返事をし、何気なくぱかっと木箱を開けた。彼の予想通りであるならば、そこに、ある意味貴重なナマエ将軍手製のものが、収められているはずである。
 だが、その中身を覗いてみると――。
「……」
 そこにあったものは、随分と凌統の想像と違っていたので、彼は一瞬固まった。
 箱の中に丁寧に収められているのは、確かに彼の想像通り刺繍が入った絹物ではあったが、彼の想像と合っていたのはそこまでであった。
 凌統はおもむろに木箱に納められていた布を摘み上げた。すると、折りたたまれた絹がさらりと広がり、表面に躍動感溢れる虎の姿が現れた。幾つもの鮮やかな糸で丁寧に織り込まれたその模様は美しく見事で、いっそ一級品とも言える品であろう。
 だがしかし、だがしかし!
 ――これじゃねえ! 凌統は思わず、今此処に居ない人物にびしりとつっこみたくなった。だが、それは勿論叶わず。
 凌統の想像通りであれば、いやいや記憶が正しければこの絹には虎のような牡丹の模様が描かれているはずなのである。それに、布だってもっと穴だらけで……、とにかく、つまりこれは哀しい事に凌統が待ちに待ったものでは、ない、のであった。
 つまり、凌統がナマエに取り付けた約とは、乞巧奠にかこつけて珍しく刺繍に挑んだ彼女の、というかその不器用な針使いの餌食となった憐れな布、を、気まぐれに強請ったというわけだった。
 しかし、一体なにをどうして、何を勘違いしてか彼女は御針子も素足で逃げ出さんばかりの美しい芸術品を贈りつけてきた。のだった。
(そりゃないぜナマエさんよ)
 凌統は思わず深いため息をついた。なんだか、散々焦らしに焦らされた挙句、獲物に敵前逃亡をされた気分だった。もしくは、狐に騙された気分とも言おうか。とにかく今、目の前にナマエがいたら、遠慮もせずに「ボケてんじゃねぇよ莫迦!」と鋭くつっこんでいるところだろう。つまりつっこみたいのにつっこめなく、苛立ちが益々募る、そんな哀しいツッコミ役の心境だったりする。
 ナマエの副官は、しかし凌統のそんな心境もいざ知らず、彼の極めて微妙な反応に首を捻る。
「凌統将軍? 如何されましたか?」
 と、不意に絹物をぶらんと摘んだまま俯いていた凌統が、ぬぅっと覗き込んできた。なんだか目が怖い、その副官の直感は、実に正しいものであった。
「なあ、ちょっと質問なんだけど」
「は、はい、何でございましょう」
 思わず姿勢を正したナマエの副官の肩を、凌統はがしりと力強く押さえつけた。
「勇ましいアンタのご主人様は、いつ視察からお戻りになるか、当然知ってるよなぁ?」
 ナマエの副官は、その大層引き攣った凌統の笑みを見て硬直した。
 ――その日、凌統邸では、主の不機嫌な姿がそこかしこで発見されたとか。






 呉軍きっての勇ましい女将軍・ナマエの朝は日の出とともに始まる。それは、前の夜に幾ら遅く寝付いたとて、やはり起床する時間は毎日きまって雌鶏が鳴く時刻。起床し支度を整えた後は、朝の体操、もとい鍛錬で一汗流すのが日課である。
 そうしてナマエが登城するのは、だいたいいつも皆が朝餉を取っている頃であった。故に、大抵ナマエが一番乗りの場合が多い。だが今日は、そんなナマエよりも早くに到着した者がいたようだった。
 まだ誰も居ない回廊を、ナマエはあくびを噛締めながら歩いていた。昨夜は視察より帰還してから室に詰めて報告書やら仕上げている内にあっという間に深夜になり、余り寝る事が出来なかった。幾分体に残った疲れを感じつつも、しかしナマエ将軍は今日も元気な様子で回廊を勇ましい足取りで進んでいく。
 と、回廊の角を曲がったナマエが、見知った人物を見つけて足を止めた。
「おや」
 その人物は、丁度ナマエの執務室の戸に身を預けていた。その顔を見て、ナマエは意外そうに片眉を吊り上げた。早朝の来客にしては、また随分と珍しい人物である。
「これは凌統殿、今日は随分早いのだな」
 ナマエがその珍客――凌統に声を掛けると、彼はナマエに気付いて片手を挙げてきた。
「よ、視察ご苦労さん」
 その言葉にナマエは苦笑して頷いた。
「一日で戻ってくるなんて、随分忙しない視察だな」
「ああ、お陰で朝と夕と、随分と強行軍を強いられたぞ」
「で、大都督は?」
「周瑜殿は水練があるとかでな。それで、私は一足早く帰らせていただいたのだ」
 適当に会話をしつつ、ナマエは手早く扉を開ける。にこにことしたまま戸を押し開けて来客を中に招きいれようとしたナマエは、はたとして振り返った。
「して、わざわざこんな朝早くに私の執務室まで足を運ばれるとは、何か急用でもあったのか?」
 普通それを一番初めに聞くのではないのだろうか、と凌統は生温い笑みを浮かべた。


 とりあえず凌統を室に招いたナマエだったが、いまだ女官も訪れぬ朝一番の来訪者ゆえに、彼女は自ら茶を淹れて凌統をもてなした。
 ニ、三、世話話を交わした。のち、「あのさぁ」と切り出した凌統が懐から取り出した物に、ナマエはあっと小さく声をあげた。
「もしやその手にあるのは、先日私のほうから贈らせて頂いたものだろうか?」
「……これなんだけどさ」
 そうそう、と頷いた凌統が話しを続けようとした時。
「見事な虎の模様の刺繍だろう? その刺繍は姉君による手製なのだが、出来上がったものを見せてもらった時には、正直私も驚いたな」
 蕩けるような笑みを浮かべたナマエによって、凌統は思わず出鼻を挫かれた。
「俺が聞きたいのは……」
 で、とばかりに気を取り直して、再び切り出そうした凌統だったが――。
「姉君は何でもお出来になるのだが、ことの外刺繍がお上手でな。この掛布などは、姉君のお手製なのだよ」
 ナマエによる姉の自慢話は留まるところを知らなかった。人の話を聞いているんだか聞いていないんだか、にこにこと満面の笑みで訊ねてもいない事をぺらぺらと話し、挙句の果てにはわざわざ壁に飾ってあった物を外して見せ付ける始末。
 垂れ流される惚気に、とうとう凌統の笑みがひくりと引き攣った。

「……ナマエさんナマエさん」
 凌統はナマエに、ちょいちょい、と手招きした。それに気付いたナマエが、きょとんとして応じると。
 ぐい。
「いっ!?」
 両の耳が凌統によって思い切りよく引っ張られ、ナマエは思わずうめいた。驚いた彼女は「なにをする!」とその犯人に抗議しようとしたが、妙に睨みを効かせた凌統に凄まれ、ナマエは賢明にも口を閉じた。
「人の話し、聞けっつーの!」
 なんだそれは、私は凌統殿の話を聞いていたぞ。ナマエは一瞬むっとしてそう反論しようとしたが、しかしふと思い返してみると確かに自分は凌統の話を聞いていなかったかもしれない。どころか、凌統が止めなければ、ナマエは永遠に姉の自慢話を続けていたかもしれない。その点は無自覚であったと思い素直に「すまなかった」と謝ると、漸くのように耳が開放され、ナマエはじんじんとする耳朶をさすった。随分とまあ、容赦なく引っ張ってくれたらしい。
「で、凌統殿の話しとはなんだ?」
 と、切り出しされた言葉に、漸く、わざわざこんな早朝からナマエの元を訪れた凌統が本題に入れたのだった。
 というか、既に此処に至るまで半刻は費やしている。訪れた時は静かだった回廊も、今は既にぞくぞくと登城してくる人々の喧噪が聞こえてくるほどになっていた。
 なんだってこんな話し一つするのに時間が掛かるんだ。そも、あんな布切れ一枚のために。凌統はこの時、自分の行動に少し疑問を抱いた。どうでもいい、といってしまえばそれで終わる出来事だったが、しかしこのまま放置してしまうのは非常に座りの悪い椅子に座っているような気分だ。つまり端的に言えば、非常に気になるのであった。
 こほん、と凌統は一つ咳払いをし、切り出した。
「俺が聞きたいのはだな、何だってアンタの姉上が俺のために刺繍なんかして下さってんだ?」
 内心でさてどんな重要な話だと身構えていたナマエは、ああ、なんだそのことか、と拍子抜けした。
「それは、差し上げるにしてもあんなボロ布じゃあ流石に申し訳ないと思って、姉君に頼んで縫ってもらったのだ」
「……つまり、わざわざ頼んで縫ってもらったって訳?」
「そうだが」
 あっさりと認めたナマエに、凌統はがくっと肩を落とした。ついで、深々とため息をついて背もたれに凭れると、天を仰いだ。
 なんというかつまり原因はこのナマエ将軍の気遣いによるものであったが、凌統の思惑とは別にものの見事に素敵に勘違いをされて、目を覆いたい気分である。なんだかもう、此処まで来るとどうでも良くなってきた凌統であった。
 馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
 だがしかし、わざわざ朝早くから訊ねておいて、一番聞きたい事を聞かずにいかぬわけにはいくまい。凌統はなんとか気を取り戻して問う。
「――で、あの時アンタが縫ってたヤツは?」
 ナマエはきょとんとした。
「へ? 私のあのボロ布のことか? アレであれば、確か副官に……」
 と、ナマエが首を傾げてそう言いかけたとき、扉がここんと鳴って来訪者を告げた。

「おはようございます、ナマエ将軍」
 爽やかな朝の挨拶を告げながら現れたのは、噂のナマエの副官であった。凌統は、現れた男が昨日顔をあわせたばかりのナマエの使者であることに気がついて、ぴくりと口元を引き攣らせた。副官の方はといえば、凌統に気付いて会釈を寄越してきた。だがその瞳には、朝早くからの来客に対する不審感が宿っている。
 ナマエは、しかし一人にこやかに副官を出迎えた。
「ああ、丁度良かった。お前、確か前に墨を零した時に私がやった雑巾、そのまま持っていっただろう。あれ、どうした? 捨てたか?」
 ……ナマエの中では、あれはもう”雑巾”に分類されているらしい。おいおい、と凌統は内心でつっこんだ。
「いえ、捨てるなんて滅相もありません。このようにちゃんと綺麗に洗って、持っております」
 と、彼はおもむろに懐から布を取り出して、嬉しそうに笑う。そのやり取りに目を細めた凌統は、副官の懐から出てきた布が、紛れもなく以前ナマエが縫っていたその布だと確認して愕然とした。
 ――なんであの男が持ってんだ。
 面白くない、非常に面白くない。墨を零してなんたらというナマエの言葉にその成り行きは何となくわかったものの、この展開は、凌統にとっては非常に面白くないものであった。
 だがしかし、凌統のそんな苛つきも何処吹く風か、ナマエとその副官は楽しげに言葉を交わしている。曰く、「お前も物好きだな」とか、「ナマエ将軍の貴重な手製の物を、私が捨てられる筈がありません」とかとか。
 その副官が凌統の不機嫌そうな視線に気付いて、ナマエ御手製の布巾を隠すように手の平に収めたので、その仕草に凌統はさらにむっとした。
 ――いやいや、落ち着け凌公績。そんな、たかが布一つでこんなに熱くなるだなんて、らしくも無い。
 凌統は己に言い聞かせた。
 この副官の男がナマエ手製の布巾を持っているというのは非常に癪だったが、しかしここは一つ寛大に譲ってやろうではないか。そんな小さい事を気にする己ではないはずだ。凌公績は、こういう事に関してはスマートな男でなくちゃならない。
 もやもやしている傍ら、ナマエの副官はさらに凌統を刺激する。
「これはナマエ将軍にとっては初めての刺繍なのでしょう? 大切にさせて頂きます」
「まあ、そんな大層なものではないが……」
 好きにしろ、と言われ、ナマエの子飼いの部下は尊敬する上官のお言葉に大層感激したようだった。
 それは、まあナマエですらも苦笑を禁じえないような喜びっぷりだったが、しかし凌統からすれば、副官の妙にへらへらとした笑顔が、
(なんかむかつく)
 のである。
 世間様からすれば、それは言いがかりも甚だしいのであるが、子供の癇癪じみたそれに火がついた凌統の勢いは怒涛のようであった。先ほどまでは、もうあのナマエ手製の布巾が彼女によって捨てられていようと構うまいと思っていたのだが、しかし他の男の手に渡っているとなれば話は別だ。
 大体、先にそれを貰うと約束したのは凌統が先なのだ。よって、このままうやむやにされたままでは男の沽券に関わるのである。つまり、これは断じて子供のような独占欲による嫉妬ではない――。
 なんだか妙な具合で己を納得させた凌統は、やおら立ち上がって彼の副官の後ろに立ちはだかった。
「おい」
 妙にドスの効いた声に副官が「はい?」と振り向くと、すぐ目の前にあった凌統の表情に途端にぎょっとなった。
「よこせ」
 と、一言つげ、まさしく問答無用で凌統は布を持つ副官の手をこじ開けに掛かる。
「な、何をなされますか!」
 当然副官は凌統の無体な行為に慌てて逃げようとしたが、しかし凌統の目は本気だった。
「いいから、それよこせってんだ」
 ぐいぐいぐい、二人の男の手の間で、ナマエ手製の布巾は哀れなほどに引っ張られる。破れるなんて危険性は、全く考えていないようだった。
「凌統殿!?」
 ナマエは、突然の凌統の豹変ぶりに驚いて声をあげた。そして、慌てて副官と揉めている凌統を止め立てしようとする。
「い、一体どうしたというのだ。凌統殿は、既に姉君が縫ってくださったものを持っているではないか」
「そうですよ。なのにこの上さらに、まだ欲しいと仰るのですか!? 強欲がすぎるのではありませんか!」
 便乗するように副官が甲高い声を上げた時、びぃん、と音がして、二人の男の手によって引っ張られつづけた布は凌統の手に渡った。誰が強欲だって――? 副官の言葉に凌統は一瞬言葉を失い、ぴくぴくと口元を引くつかせた。
 あのな、と前置きのように言って、すっと息を吸うと。

「俺はナマエが欲しいんだよっ!」

 ――は?
 凌統の爆弾発言に、一瞬にしてその場の空気が凍りついた。
 副官はぎょっとした表情で凌統を凝視し、ナマエにいたっては目を真ん丸くして硬直してしまっている。
「ん?」
 だがしかし、唯一人凌統は何故二人が硬直しているのか分らず首を捻った。おもむろに己の先ほどの発言を振り返り、
「あ、やべ、間違えた」
 言って、凌統は固まる二人に振り返ると、しらっと告げた。
「今の訂正。ナマエ殿の縫ったやつ、の間違いね」
 そう訂正し……、たが、ふいに固まる二人の反応に気を良くしたように思い直し、にやっとシニカルに笑った。なかなか大胆発言をしてくれるではないか、己の口は。なんだか、いつもの凌統のペースが戻ってきたようだった。やっぱり、からかわれるよりからかう方が断然楽しい。彼は上機嫌に鼻を鳴らして、奪った布巾を副官の手に押し付けると。
「やっぱり訂正取り消し。それはアンタにやるから、俺、こっち貰ってくわ」
 と、凌統はいきなりぐいとナマエを引っ張って腕の中に収めた。こっち、とはつまりナマエのことだった。
「えっ?」
 その行為に、ナマエは勿論副官までもが呆気に取られる。ぽかんとしたまま突きつけられた布巾を副官が受け取ると、
「どーも」
 まるで悪戯が成功した餓鬼大将のように、凌統はにっと笑って。

「んじゃね」

 上機嫌そうに、凌統はさくさくとナマエの肩を抱いて室を後にした。
 その肝心のナマエ将軍は、凌統にされるがまま茫然と連れられていったとか。

 その後は果たしてどうなったかは、凌統とナマエの二人のみしか知らず――。