シルビアちゃんの恋人になりたくて英雄王に男にしてもらう話・後編




 邪悪なる黒き太陽に対抗する力を得るため、今日も勇者一行は世界を巡る。
 途中で立ち寄ったソルティコの町では、驚きの事実が発覚した。なんと旅芸人シルビアちゃんの正体は、長い間行方不明だったソルティコの領主ジエーゴ様の一人息子、ゴリアテ様だったというのだ。そりゃ騎士道に詳しいのも頷ける。ジエーゴ様の家系は騎士の名門として有名なのだ。
 以前ハネムーンでソルティコが却下されたのはどうやら地元だったかららしい。というかさすがシルビアちゃんのパパだけあって、ジエーゴ様も素敵だったなー。
 現在、一行はジエーゴパパが出した試練をクリアするために、デルカダール神殿にいる。グレイグさんとシルビアちゃんのれんけい技で試練の敵を倒すためだ。騎士道を学んだ二人の力が合わされば試練の敵なんて目じゃない。二人は無事に試練をクリアし、お互いの絆のチカラを確かめている。
 共に並び立つシルビアちゃんとおじさんはとても凛々しくて絵になる。羨ましくなるくらい。
「あーあ、あたしも男になりたいなー。シルビアちゃんの隣に並んでも遜色ないくらいのいい男になりたーい」
「またなにを言ってるんだお前は」
 私の他愛ないボヤキに反応してくれるのは、もちろんお優しいカミュ様だ。
「だって好きな人の恋の相手としてスタート地点にすら立ててないのツラすぎるでしょ……もうそろそろ心が折れそう」
「ひとりで勝手に盛り上がって今度は折れるのかよ。ほんっとせわしないな。スタート地点に立てているかどうかはシルビアのおっさんに聞かないとわからねえだろ」
「無理無理だって私女だし、シルビアちゃんはオネエだし! 恋の相手は男に決まっているじゃん!」
「そうとも限らないだろ……」
 マジめんどくせえ……、とぼそっと隣から聞こえてきたが、聞こえないふりをした。
「あーやっぱりシルビアちゃんのタイプ気になるなー。やっぱカミュとかイレブンみたいなピチピチの美少年がいいのかな、それともおじさんみたいな渋くて筋肉むきむきなタイプが好みかな。いやいやダークホースでロウおじいちゃんみたいな年上好きもなくはないな」
「頼むからオレを引き合いに出さないでくれ……」
 私の妄言にカミュがげっそりして肩を落とした。いつもごめんねカミュ。

***

 ところ変わってバンデルフォン王国跡、の更に地下。
 驚いたことにバンデルフォン王国跡の地下は不思議なダンジョンに繋がっており、最深部ではかの英雄王ネルセンが待ち構えていた。なんでもネルセン様の出す試練をクリアした者のお願い事をひとつだけかなえてくれるらしい。太っ腹か。
 イレブンは即答で幼馴染のエマちゃんとの結婚を希望していた。え、それありなの……?
 それでいいのか勇者、ずるいぞ勇者、好きな子にプロポーズするくらいの男気見せろよ勇者地味に結婚式出たかったぞ。
 そんな思いでじとーっとイレブンを見つめていると、その視線に気づいて顔を青くして委縮していた。
「ひっ、披露宴はするからゆるして……」
 どうやら他の仲間たちも同じ思いだったらしい、嫌がるイレブンを皆で無理矢理イシの村まで引っ張っていって、新たな家族となった二人を盛大に祝福してやった。もちろん村人たちも総出である。
 というか、あんなお願いをかなえちゃう英雄王様も英雄王様だな。

 ……。
 あっ、そうかネルセン様……!
 試練を乗り越えし者の願いをひとつかなえてくれるというネルセン様に、私の願いをかなえてもらえばいいんだ!
 これだ! これしかない!
 思い立ったが吉日、私はさっそく立ち上がった。
「カミュ、私今から男になりにいくから手伝って!」
「は? どうやって」
「ネルセン様の試練! 人の都合とかガン無視して勝手に結婚させれちゃうくらいだもん、性転換くらいちょろいでしょ」
「いや待て待て。お前にしちゃ考えた方だと思うが、いくら英雄王でも物理的に肉体を作り替えるのは……」
「そんなのやってみなきゃわかんないでしょ」
 カミュは呆れて物も言えないのか、頭を抱えて深く溜息をついている。
「……ちなみにどんな男になりたいんだ」
「えっとね、まず顔はイレブンみたいな美少年で、髪はもちろんさらっさらでしょ、身長は2mくらいほしいかな、小顔で手足が長くてグレイグさんみたいに筋肉もりもりで、カミュみたいに頭の回転はやくてダンスも上手くて、あとロウおじいちゃんみたいに包容力がある男! よくない? きっとシルビアちゃんもいちころだよ!」
「どこのキマイラだよ??」
 顔をひきつらせたカミュの一言に、失礼な! と憤慨する。
「アナタたち、相変わらず仲がいいわねー」
 そこへふいに登場したシルビアちゃんは今日も変わらず輝いていて、「アタシ、ちょっと妬けちゃうわ」なんて言いつつ小首をかしげている。小悪魔かってくらい可愛い。
 シルビアちゃんの言葉もスルーしちゃうくらいテンションが限界突破していた私は、鼻息荒くがしっと彼女の手を握って熱く訴えた。
「シルビアちゃん待っててね! 私強くなってシルビアちゃんを迎えにくるから!」
「え、ええ、楽しみにしているわ。……でも一体何のはなし?」
「うんうん楽しみにしてて! いい男になって迎えに来るから絶対待っててね! 絶対だからねー!」
「……男? ちょっとそれどういう……待ってナマエちゃん!」
 制止なんて聞いている暇ありません。私は諦めの境地のカミュと昨晩はおたのしみだった様子の勇者様を拉致して、ネルセン様の元へと飛んだ。
 ……後から考えるとこの時の私はなんてむごいことをしてしまったんだ、ごめんねイレブンとエマちゃん。


 結論から言うとネルセン様の試練は無事突破し、なんと手数は最短記録を打ち出した。愛の力もなんとやらである。
「よ、よくぞ我が試練を打ち破った。ものすごい気迫だったぞ、特にそこの娘。さて、約束通りほうびにお前の願いをひとつだけかなえてやろう」
「はい! 私を男に――」
 意気揚々と願いを告げようすると、カミュが最後のあがきとやらで邪魔をしてくる。
「待てナマエ、本当に後悔しないか? 今ならまだ止められるぞ」
「止めないでカミュ! 私は立派な男になるの!」
「は? 男に? 娘よ正気か? 天使のすずあるけど、いる?」
「結構です! そんなことよりネルセン様、お聞きのとおり私の願いは男になることです。どうか私の体を男に変えてください!」
「なんともったいな……いやなんでもない。しかしよいのか? ほんとうに男になってもよいのだな? 生えるぞ? 股間に、ブツが」
「むしろ本望です。立派なやつをお願いします」
 この時の私は多分目が据わっていたと思う、英雄王と謳われたネルセン様が顔を引きつらせてドン引きしていたくらいだから。
 短い攻防の末、ネルセン様が私の願いを了承しようとしたその時。
「ちょぉっとまったぁ!!」
 突如、背後に現れた人が華麗に空を飛んで空中で一回転、私たちとネルセン様の間に割って入るようにスタンッと着地した。その人は立ち上がってポーズを決め、ネルセン様をびしっと指さしたかと思うと。
「その願い、叶えさせるわけにはいかないわ!」
 ど派手な仮面をつけているその人はどこからどう見てもシルビアちゃん、いや。
「てめーはシルビ……いやレディ・マッシブ!」
 カミュの声に応えるように、シルビアちゃんもといレディ・マッシブは更に華麗にポーズを決める。このオネエノリノリである。
 と、レディ・マッシブがくるりと私の方を向いて、つかつかと無言で歩いてくる。さながらランウェイウォーキングのような美しい所作に見とれていると、ぐいっと肩を抱かれて我に返った。
「悪いわねネルセンちゃん、この子はアタシがもらっていくわ」
「あ、はいどうぞ」
「え、ちょっと……まっ」
「アディオス、アミーゴ!」
 止める暇なんかなかった。レディ・マッシブにお姫様のように抱っこされたと思ったら、彼女の手の中にあったキメラのつばさが天高く放り投げられていた。

***

 キメラのつばさが導いた先は、ソルティアナ海岸だった。青く輝く海が眩しい。
 レディ・マッシブは砂浜にそっと私を下ろすと、おもむろに仮面を取り去った。見慣れた顔が露わになる。
 な、なんとレディ・マッシブの正体はシルビアちゃんだった!
 ……うん知ってた。
 シルビアちゃんは私に向き直って、溜息をひとつ。そして困ったように眉尻を下げて微笑んだ。
「もう、ナマエちゃんってば予想の斜め上をいくというか、ほんとうにいつも突拍子がないわね。嫌な予感がして慌てて追いかけてきたけど、間に合ってよかったわ」
「シルビアちゃん、なんで……」
 ネルセン様に男にしてもらうという願いがあと一歩で叶ったのに、それを邪魔されてしまったことへの失望より、シルビアちゃんが誰でもない私のために駆けつけてくれたという事実が頭の中をすっかり占領してしまっている。
 シルビアちゃんが私のために。そんなまさか。でも。
 ダメダメ期待しちゃ。後でガッカリするのは自分なんだから。
 期待と不安が渦巻いて、怖くて怖くてぎゅっと目をつむって俯いた。
「怖がらないで、アタシを見て」
 と、そっと耳元で囁かれ、恐る恐る目を開ける。優しげなシルビアちゃんの瞳がこちらを覗き込んでいて、なんだか目の奥が熱くなった。
「ねえ、男になりたがったのは、もしかしてアタシのため?」
 こくんと頷く。シルビアちゃんは堪えていたものを吐き出すように、ふう、と大きく息をつく。おもむろに長くてしなやかな腕が私の背後にまわって、ぎゅっと抱き寄せられた。
「アタシのために男になんかならなくてもいいの。アタシはそのままのアナタが大好きよ」
「でもそれじゃあ、シルビアちゃんの恋愛対象になれない……」
 私のどこか拗ねたような口調に彼女は静かに笑って、あやすように背中をぽんぽんされる。たまらなくなって、私は大好きなシルビアちゃんの背に甘えるように縋りついた。ぎゅう、と益々強く抱きしめられ、私とシルビアちゃんとの境界線があいまいになる。
「もう、前に言ったじゃない、好きになったその子がタイプってね。忘れちゃった? アタシにとって、愛に性別なんて関係ないの」
「……女でもいいの?」
「信じられない? ふふ、アタシの言葉を信じない悪い子ちゃんはお仕置きしちゃうわよ」
「でも、好きって言ってもいつも受け流していたみたいだし……」
「それはアナタが本気で想いを伝えてくれなかったから。自分の想いを否定されるのは誰でも怖いもの、アナタが臆病になるのはアタシだってわかるわ。でもね、アタシは割といつでも本気だったんだけど? アタシ、アナタの想いを否定したことあったかしら?」
 その言葉に、はたと気が付く。そういえば、受け流されているものとばかり思っていたが、いつもいつもシルビアちゃんは柔らかく私の言葉を受け止めてくれていた。
 盲目になっていたのは私の方だ。受け入れられるわけがないと、シルビアちゃんの言葉を聞かなかったのは私の方だ。自分から伝える努力をしないで、他人を羨んでばかりだった。
 そんなねじれきった私の想いを、シルビアちゃんは優しく受け止めてくれていた。
 たまらなくなって、シルビアちゃんを見上げる。
「シルビアちゃん……」
「なあに?」
 涙をこらえて顔をくしゃくしゃにした不細工な私にむかって、聖母のように微笑む彼女の眩しさときたら!
「好きぃ……」
「知ってる」
 うふっと肩を竦めて笑うシルビアちゃんは、珍しく少し照れているようだった。
「アタシもナマエちゃんが大好きよ、心からね」


 しばし、私たちは互いを抱きしめあって、寄せては返す波の音を聞いていた。
 シルビアちゃんは上機嫌に鼻歌を歌いながら、ワルツのステップを踏むように体をゆらゆらとさせている。ゆりかごに揺られているような、そんな心地よさ。
 幸せすぎて怖い。本当に大丈夫なんだろうか。これは夢ではない? ふと、そんな不安が首をもたげる。
「でも、本当に私でいいの? 自分で言うのもなんだけど、私ちょっと変なところあるし」
「……確かに、最初は変わった子だなって思ったわ。でもね、まだまだ未熟なところのあるアタシを一生懸命慕って応援してくれるアナタの存在に、いつの間にかすごく励まされてたことに気付いたの。ああ、この子はアタシのことすごく好きなんだなーって。そう思ったら胸がきゅんとしちゃって」
 シルビアちゃんは夢見る乙女のようにうっとりした表情を浮かべて、私を見つめている。その視線を全て私が独占しているなんて信じられない。
 と、彼女の美しい指先が私の眦をくすぐって、頬をなでるように下がっていく。
「プチャラオ村でアタシのパレード見てアナタ、大泣きしたでしょ。あれ見てアタシ、もうアナタの手を絶対に離さないって思ったの。なぜかはわからないけど、アナタには男に見られたいって思った。……ふふっ、それってきっとアナタがアタシのために男になりたがった心理と一緒ね」
 顎先にたどり着いたシルビアちゃんの指がくいっと私の顎を持ち上げ、覗き込んでくる。鼻先が触れあうほどの至近距離。心臓が今にも飛び出しそう。
 すっかり固まっている私を見て、シルビアちゃんはふいににんまりと瞳を弓なりに細めた。
 ……私知ってるよこの瞳、キラーパンサーが獲物を定めた時の目だ。
 誰だよシルビアちゃんのこと女神って言ったの! 今のシルビアちゃんは誰がどう見てもめちゃくちゃ男だ。しかもとても危険な香りのする極上の色男。女でもあり、男でもあるシルビアちゃんのもうひとつの顔だ。
「アタシの本気、見せてあげる。心の準備はいい? ……まあ待てといってもこれ以上待つつもりはないし、逃がす気もないけどね」
「え、あ、う……まっ」
「覚悟なさい」
 にっこりと笑って宣言された次の瞬間には、私はまんまと捕食されてしまっていたのだった。


 とりあえずキスだけでめちゃくちゃ腰砕けたことを、ここに謹んでご報告させていただきます……。