ホットマシュマロココア・前




ご注意!
・時渡り後ホメロス生存ありで勇者一行に同行している設定。
・キャラブックのネタバレあります。Switch版追加エピソードのネタバレもちょこっとあるかも。
・ボイスドラマと追加エピを見て素のホメロスへのイメージがちょっと変わったので、それを織り交ぜて書いてます。以上に関するネタバレを少しでも回避したい方は閲覧をお控え願います。




 意外と大人しい人だ、と思ったのはホメロスさんと一緒に旅をしはじめて少し経った頃だ。なにせ記憶の中にある彼はダーハルーネでの勝ち誇ったように高笑いしているシーンが一番印象深い。智将とか軍師とか言われている割に、私たちに簡単に出し抜かれて結構抜けているんだなぁって感想だった。
 それも今思えばウルノーガの影響だったのだろうか。性格も能力も変えちゃうなんて悪の魔道士の力怖い……とか思ってたら、そういえば酔っ払った時のあいつは大体あんな感じだったな、とまさかのグレイグさんからそんな事実が暴露された。ホメロスさんは酔うと結構ねちっこく絡むし、普段では信じられない程バカバカしいおふざけもするらしい。一体どんなおふざけをするのか気になって尋ねたら、「ワインのコルクをこう、鼻にだな……」とグレイグさんが身振りを加えて説明してくれようとした瞬間、ホメロスさんにラリアットを食らわされ昇天してしまったので最後まで聞くことは出来なかった。でもまあ、そこまで聞けば大体想像はつく。おかげでホメロスさんと顔を合わせるたび、うっかり鼻にコルクを詰めた彼の顔を想像してしまい、しばらくの間はまともに目を合わせることができなくなった。好奇心で暴露話なんか聞かなきゃ良かったとちょっと後悔。あれだけ顔が良い人の変顔は強烈すぎて一度見たら忘れられなさそう。そうか酒癖悪いのか……。宴会の席では近づかない方が良さそうだ。でも怖いもの見たさでおふざけしているところも見てみたいような気もする。
 とはいえ普段のホメロスさんはかなり真面目な方だ。たぶんグレイグさんと良い勝負なくらいには。でもグレイグさんほど天然ボケではなく、むしろツッコミ役って感じ。あと効率厨。戦闘ではメンバーに無駄な動きがあれば即座に指導が入る。MPはとにかく温存派だ。
 それとイレブンの適当なお金の使い方にも口を挟んでくる。武器防具は性能を細かくチェックして、道具は常に余裕をもってストックするよういつも口酸っぱく言われる。仲間内のお喋りには全然参加してこないしノリも全然良くないけど、そこらへんは結構口うるさい。でもホメロスさんの金銭管理のおかげで万年金欠な我らパーティにもようやく宿に泊まれる余裕が出来たのは感謝している。
 戦いにおいても、だいたいホメロスさんの指示に従っておけば結構楽に戦闘が終わる事に気付いたので私は変に指示に逆らうことはしないけど、マルティナさんとベロニカあたりはよく突っ走って暴走してしまうのでその都度彼の米神に青筋が立つ。怒らせると怖いタイプだ。ともあれ元智将さまの的確な指示に、やっぱり頭良かったんだな、と実感しているところだ。ダーハルーネで私たちに出し抜かれていた高笑いの彼はもういない。今ここにいるのは知的で冷徹、聡明な軍師ホメロスさんだ。
 ウルノーガにたぶらかされ、一度は国と友を裏切った彼は王さまの名の許に贖罪の機会を与えられた。ホメロスさんに許された罪を贖う方法とは、甦った邪神を討伐する勇者の旅に同行しそれを支援すること。彼に故郷を焼かれたイレブンは王さまの提案を拒否するかと思ったけど、予想に反して淡々とした様子でホメロスさんを受け入れていた。イレブンも思うところがないわけではないだろうけど、ホメロスさんについては「完全に許すことは難しいよ。けど、あの人が亡くなると悲しむ人がいたから」なんて意味深なことを言っていた。『いた』なんて、なんで過去形で言ったんだろう。
 一方のホメロスさんは私たちの旅に同行することに最初戸惑っていたようだけど、一週間もすれば大分慣れた様子だった。とはいえ半月経った今でも未だに打ち解けた様子はなく、グレイグさん以外とは必要最低限な会話しか交わしていない。
 そう、ホメロスさんは無駄なお喋りをしない。高笑いの印象が強すぎて、ここまで寡黙なキャラだとは思わなかった。まあイレブンに対しての後ろめたさとかしでかした事への罪の意識とかがまだ残っているせいかもしれないけど、もしそうだとしても私たちが彼にしてあげられることはあまりない。彼が立ち直るためには彼自身の努力が必要なのだ。私たちはそれを見守るだけ。
 私たちとの共同生活については淡々とこなしているけど、彼は一体この旅に同行することをどう思っているんだろう? 嫌々な気もするけど、ポーカーフェイスが得意なのかいつも澄ました顔をしているから心の中までは読めない。
 ……大人しいとは言っても唯一の例外であるグレイグさんには結構辛口だ。グレイグさんが時たま飛ばす親父ギャグには冷ややかなツッコミを入れるし、天然ボケには痛烈な皮肉を食らわせてグレイグさんをへこませている。幼馴染だからその辺気安いんだろう。あと、女性陣には結構優しいかも? 口調はそっけないけど回復だったり休憩だったり何かと優先してくれるし、物腰は至って紳士だ。
 一緒に旅をする上ではなんら問題はない。必要最低限のコミュニケーションはとれているし、きっとホメロスさんもそれ以上にこちらに踏み込んでくる気はないのだろう。今のところは。
 ……でも、やっぱり私はホメロスさんとの距離感が気になる。私自身ホメロスさんに恨みはあんまりないし、他のみんなもそんな感じだ。被害者ぶるつもりもないし、ウルノーガに程のいい駒にされたことに同情もしない。だってもうホメロスさんは大切な仲間だから。
 だけどただ一人、ホメロスさんだけが戸惑っている。顔には出さないけど、なんとなくそんなぎこちない空気をずっと感じていた。



 そんなこんなで、今日は初めてホメロスさんと二人きりでキャンプの火の番をすることになった。今までホメロスさんはグレイグさんとのペアでの火の番が多かったから、いきなり二人きりなのはちょっと緊張する。一体何を話せばいいんだろうと悩んでいると、火の番は私一人で充分だから君はテントで休んでくれてもよい、なんてホメロスさんに言われてしまった。やんわりとした拒絶感。ホメロスさんの張った壁は透明だけど分厚い。彼の提案は聞こえないふりをしてやり過ごした。その場に残ったのはなんとなく意地を張ってみたというのもあるけど、何より小さなテントの中はもう満員御礼なのだ。私がゆったりと横になるスペースはない。
 とは言ってもやっぱり特別話題も思いつかず、次第に夜は更け、近くの樹からフクロウの鳴き声が聞こえてきた。ホメロスさんになんと声を掛けるべきかと悩むこと数十分、向こうが私の視線に気づかず(あるいは無視して?)黙々と本を読んでいるのをいいことに、整った横顔を好きなだけ眺める。顔がいいので全く見飽きない。

 そのうちホメロスさんが静かに本を閉じ、ふう、と気怠げにため息を吐いた。
「……私に何か思うところがあるのなら聞くが」
「えっ? なんですか?」
 沈んだテノールが夜に溶けて、私は目の前の美しい彫像が急に喋ったことにハッと我に返った。慌てて聞き返すと、手元の本に注がれていたホメロスさんの視線が私の方へと向けられる。
 宝石のように綺麗な琥珀色の瞳。ホメロスさんの顔を真正面から見たのは随分と久しぶりな気がする。うーんやっぱり顔がいい。
「先程からずっと君の視線を感じていたのは私の気のせいではないだろう?」
「あ、ごめんなさい。嫌でした?」
 やっぱり気づいていたらしい。私の視線に無視を決め込んでいたものの、とうとう我慢できなくなったのか。
「いや、衆目に晒されるのには慣れている」
 そう呟くホメロスさんは相変わらずの無表情。怒っているのか苛立っているのか感情の読めない人だ。
「私に何か言いたいことがあるのだろう? ならば聞こう。罵倒でもなんでも、甘んじて受け入れるつもりだ」
 どうやら私が文句を言いたいのだと勘違いしているようだ。まあじっと見つめられたら誰だって気分は良くないか。しまったなぁと内心で呟いて、ばつの悪い思いで首を竦める。
「別にそんな風に思って見てたんじゃないんですよ。単純に顔がいいなーって思いながら見てました」
 ホメロスさんの片頬がぴくりと動き、やがて薄い唇が動いた。
「……称賛と受け取ろう」
「お、おお……、普段から顔を褒められ慣れている人の反応だ」
 褒め言葉を照れるでも謙遜するでもなく当然のように受け取られ、妙に感動した。彼の顔がいいのは周知の事実、という訳だ。
「君ほどストレートに褒めてくる人間はなかなかいない」
 ……今のは嫌味だろうか? 反応に困って固まっていると、私の様子を察したのだろう彼が眉をひそめて呟いた。
「……不愉快ではない、という意味だ」
 感情を押し殺した声色は苛立っているというより、照れ隠しのような印象だ。
「そ、それは良かったです……! じゃあ今度から遠慮しないでホメロスさんのことどんどん褒めていきますね!」
「なぜそうなる」
「エッ。だって不愉快じゃないってホメロスさんが……」
 彼が鼻白んだのを見て流石に馴れ馴れしかったかとしゅんとする。
 そんな私をちらりと見て、ホメロスさんは複雑そうに眉根を寄せた。
「ものには限度というものがあるだろう。こう見えてもあまり手放しの称賛には慣れていないのだ。居心地が悪くならない程度には加減してくれたまえよ」
 ホメロスさんの綺麗な顔がふいっと逸らされる。私の視界から見える彼の耳は赤くはなってない。けどこの反応ってもしかして。
「……照れてます?」
「図に乗るなよ」
 今度こそはっきりとホメロスさんの声色に怒気が混じった。腹の底から響く声は本気で私を脅しにかかっているようだ。
「ひえっごめんなさい」
 椅子がわりにしていた倒木からずり落ちるようにして後ずさりながら、とりあえず口早に謝罪する。けれどホメロスさんはすくみあがる私を一瞥してぽつりと一言。
「――冗談だ」
 夜中にも関わらず、ええっ!? と抗議の声を上げた私はきっと悪くない。
「もう、真顔で冗談言わないでくださいよ。心臓に悪いなぁ」
 倒木に座り直し、ふう、と胸をなでおろす。そこでふとあることに気づいて懲りずに口を開いた。
「でもホメロスさんってあまり笑わないですよね。あまりって言うか全然」
「何もないのにニヤニヤしていては気持ち悪かろう?」
「そうですけど、でもダーハルーネでは楽しそうに笑っていたじゃないですか。ふははーって」
 と、在りし日(?)の悪いホメロスさんの真似をしてみる。まったく似てないのはご愛嬌だ。
 対するホメロスさんはぐぐっと物言いたげに私を睨みつけたかと思うと、やがて脱力したように頭を抱えて大きなため息をついた。
「君、あまり私の痛々しい過去をほじくり返さないでくれ」
 どうやら私の声真似は効果抜群のようだ。弱り切ったホメロスさんの反応は人間味に溢れていてちょっとかわいい。年上の、しかもお偉い元将軍様にそんな感想を抱くのは失礼かと思ったけど、普通の人間とあまり変わらない反応が身近に思えて嬉しかったのだ。
 ……それしても、私の下手な声真似に怒らないでくれてよかった。意外と冗談が通じる人なんだろうか。

「……ふふ」
「何を笑っている」
 ホメロスさんとちゃんと会話が成立していることが嬉しくて頬を緩ませると、すかさず棘のある声がそれを指摘する。
「意外とちゃんと返事をしてくれるんだなって思って」
「言葉の通じない野蛮人だとでも思ったか? 私たち全員共通語を話していると認識していたが」
 ふん、と不服そうに鼻を鳴らすホメロスさんは、どことなく不貞腐れているようにも見える。多分私の見間違いだろうけど。
「そうじゃなくて、ホメロスさん、いつもグレイグさん以外とはあまり喋らないから、お喋り嫌いなのかなって思ってました。もしくは私たちが苦手とか」
「それを言うならば」
 途中で口を挟んできたホメロスさんが、一瞬後ろめたいことでもあるかのように目線を伏せる。
「……君こそ、裏切り者の私なんぞと言葉を交わすのは気分が良くないのではないか」
「そんなことないですよ。むしろ逆です。ずっとホメロスさんとこんな風にゆっくり話してみたかったんです」
 どうだかな、とホメロスさんが皮肉っぽく口元を歪めた。
「私と関わっても益になることは何もないぞ。なにせ己の罪のため役職を取り上げられ、首に半分縄が掛けられているような愚かな男だ」
「そんなこととっくの前に知ってますし、損得を気にして付き合う人を決める人間なんていませんって」
「いるぞ、かつての私がそうだった。利用できる人間はとことん利用し、使えない人間は容赦なく切り捨てる。そんなことを平気でやってのける人間だった」
 自虐めいた辛辣な声。彼の言葉はまるで懺悔のように聞こえた。この人はきっとこれまでも、そして今もなお自分自身を許せないでいるのだろう。私たちとのコミュニケーションを避けていたのは多分そのせいだろうか。
 そんなことないよ、なんて口が裂けても言えない。それでなくても下手な慰めの言葉はホメロスさんには届かないだろう。見るからにプライドが高そうな人だ。同情なんてしたら多分一生心を開いてもらえなくなってしまう。
「今もそうなんですか?」
 迷った末、私は短く問いかけた。ホメロスさんは顔を上げて私を見てから考え込むような素振りを見せて、ふっと切れ長の目元を緩めた。
「今は、……そうだとは言い切れない」
 声にはためらいが残っている。きっと、ずっと彼は自分を責め続けてきたんだろう。そう思うと少し切ない気持ちになったけど、でも少しずつ前へと進もうとしている様子も確かに感じられるのだ。